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福岡地方裁判所小倉支部 昭和28年(ワ)423号 判決

原告 緒方孝男 外一〇一名

被告 八幡製鉄株式会社

主文

原告等の請求は之を棄却す。

訴訟費用は原告等の負担とす。

事実

原告等訴訟代理人は「被告が原告等に対して昭和二十五年十一月一日為した解雇は無効である事を確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、其の請求の原因として、

(一)  被告八幡製鉄株式会社(以下会社と略称)は東京都千代田区丸の内一丁目一番地に本店を有し製鉄等を業としている。原告等は昭和二十五年十月三十日迄被告会社に従業員として雇傭され八幡製鉄労働組合(以下組合と略称する)の組合員であつた。

(二)  被告会社は昭和二十五年十一月一日附で原告等に解雇通告を出した。

その理由として組合に提示されたのは原告等が「現状勢の下に於て会社事業の公共性並びに特殊性に鑑みその自覚を欠き、破壊的言動又はこれが煽動的言動を為し、他の従業員に悪影響を及ぼし、或は企業を危険に曝らす虞れある従業員並びに同調者」であるからやむを得ず排除すると言うことであつた。

(三)  組合に示された解雇の理由は会社のいわゆる緊急人員整理を為すに当つての一般的な解雇基準と見るべきものであるが、原告等は右整理基準のどの条項にも当てはまらないので原告等に対する解雇は無効である。

(四)  会社は原告等を解雇するに際していかにも尤らしい整理基準を発表している。併し之は違法な解雇を正当化しようとする隠れみのでしかない。会社の真意は特定の思想を持つている人、或は特定の思想を持つているかも知れないと会社が一方的に想像した人達を首切らうとしたものであつて、組合と会社の交渉の経緯から見て所謂マツクアーサー書簡に便乗したレツドパージである事は明白である。そうだとすれば原告等に対する解雇は憲法第十四条第一項、同第十九条、民法第九十条、労働基準法第三条に違反しているから無効である。

(五)  原告等に対する解雇が思想信条を理由としたものではないとすれば原告等がいずれも解雇当時及びその以前に於て熱心な組合活動家であつた事が解雇の原因となつたものとしか考えられない。そうだとすると本件解雇は憲法第二十八条労働組合法第七条に違反しているから無効である。と述べ被告の答弁に対し左記の通り陳述した。即ち、

(六)  第一表記載の原告等は解雇予告手当、退職金の外特別退職金を受領し其余の原告等も全部解雇予告手当、退職金を受取つたが、原告等は解雇の無効を確信していたから解雇通告後も給料賃金は貰える権利があると確信し、解雇通告後の給料賃金の一部として又生活資金及斗争資金として之を受取つたものであり又第一表記載の原告等が退職願を提出したのは、会社は退職願を出さねば退職金を支払わないと予想されたので退職金を支払わせる手段として之を提出したのであつて、退職願の提出は形式に過ぎず、合意解約乃至解雇承認の意思で退職願を提出し退職諸給与を受取つたのではない。其余の原告等が退職金を受取つたのも解雇の承認乃至解雇について異議を言わない約定又は解雇に関する異議権放棄の意思で之を受取つたのではない。

而して会社としても労働者が退職願を提出したり退職金を受取つたりする事は解雇を承認したり解雇の効力を争ふ権利を放棄する意思で為されるものではない事は知つていた筈で之を知つていなかつたとすれば余程ぼんやりしていたのであろう。之は表意者の真意を知り又は知り得べかりし事に当るから、民法第九十三条を援用しても解雇の承認或は解雇の効力を争う権利を放棄する意思表示として有効とはならない。従つて原告等は全員解雇されたのであつて合意退職や解雇承認乃至解雇に対する異議権の放棄によつて雇傭関係が終了したのではない。

(七)  原告等が退職金を退職金として受取つたとしても、退職金を受領した事や退職願を提出した事を以て、雇傭関係の合意解約や解雇の承認乃至解雇の異議権の放棄と見るべきものではない。退職金の受領も対等者間に於てならば解雇の承認乃至解雇を争う権利を放棄したと見られるかも知れない。併し現代に於ける労資の力関係を考慮に入れるならば原告等は会社と対等の立場で自由な意思により退職を決意して退職願を出し退職金を受取つたのではない。原告等は労働者として極めて不利な立場に立つていた為会社側の力に押され且生活上の顧慮からやむなく退職金を受取つたのである。退職願を出したのは前述の通り退職金を受取る為の手段に過ぎなかつた。而も労働組合が解雇を承認した為に原告等は組合と離れて単独に会社と闘う事は出来ないし且当時は占領下であり左右相争う労働情勢下に於てレツドパージの効力を争うには不利な情勢であつたから解雇無効の闘ひを後日の有利なる時期に期し生活維持の手段として退職願を提出しまた退職金を受取つたのである。従つて退職願を出したり退職金を受取つたりしたからと言つて雇傭契約が合意で解約されたものと見るべきでないのは勿論解雇の承認乃至解雇を争う権利の放棄と見るべきものでもない。そのような解釈を取る判例理論は、労働契約の終了を市民法的理論だけで捉えようとする皮相な形式論に過ぎない。

(八)  会社の原告等に対する通告書は結局何月何日迄に退職願を出せば退職金の外にプラスアルフアーの特別退職金を支給する。右期日迄に退職願を出さねば解雇にしてプラスアルフアーは支給しないと言ふ事に外ならぬから之は労働者の弱身につけ込んで自己の主張を押し付けようとする強迫であり之に因つて退職願を出したとしてもそれは民法上取消し得べき行為である。又労働者の窮迫状態につけ込んで斯様な申入をするのは民法第九十条の公序良俗違反の法律行為であるから無効である。

(九)  本件に於て仮りに退職願の提出や退職金の受領が解雇の承認或は解雇を争う権利の放棄となるとしても斯かる解雇の承認は「使用者の不当労働行為を明示又は黙示に容認し其の実現を主たる目的としている」のであるから公序良俗に反し無効である。

以上の通り原告等に対する解雇は全部無効であるから其の確認を求めると陳述した。(証拠省略)

被告訴訟代理人は原告等の請求棄却の判決を求め、答弁として原告等主張事実中(一)の事実は全部認める。(二)の事実は被告会社が組合に提示した解雇理由の一部のみを摘示しているに過ぎず被告会社が組合に示したところはそれのみに尽きるものではない。其の余の主張事実は全部否認する。

而して被告会社が原告等に対し停止条件付解雇通告を為すに至つた経過、理由、解雇通告の結果等は次の通りである。

(一)  被告会社の業務たる鉄鋼業は我国基幹産業中に於ても最も重要なるものの一に属し、我国民経済全体の生産構造に於て骨格的機能を果している事は周知の通りである。而して被告会社の前身たる八幡製鉄所は国家的必要に基き国営製鉄所として発足し、其後昭和九年二月一日日本製鉄株式会社法に依り特殊会社に改組され、更に昭和二十五年四月八幡製鉄株式会社となつたものであるところ其の公共的性格は国営製鉄所時代以来変ることなく受継がれ、其の鉄鋼生産は全国生産高の三割乃至四割を占め、其の運営の如何は我国民経済全体の盛衰に重大なる影響を有するところから其の運営方針も公共的性格より根本的制約を受け、単なる営利会社として終始する事を許されないものである。従つて被告会社の経営者としても被告会社の公共的特殊的性格に鑑み重大なる社会的責務を自覚し、其健全なる運営に努力を傾け尽して来たのであるが、終戦以来一部従業員中には後に会社が「緊急人員整理要綱」に於て整理基準として示した通り「被告会社事業の公共性並に特殊性に対する自覚を欠き、常に破壊的及之が煽動的言動を為し他の従業員に悪影響を及ぼし、能率を低下し或は業務の運営に支障を及ぼす者、其他業務運営に協力せず事業の健全な運営の支障となる者」あり、被告会社は業務の正常なる運営を維持確保する必要上夙に是等従業員を排除する必要を痛感していたけれども、従来正当な理由ある解雇と雖もそれが確定する迄には長らく紛争状態となり極めて煩雑な過程を伴ふ場合が多いので、会社側の人事担当責任者に於ても出来れば処分は回避し度い気持があり、又実に枚挙にいとまのない位頻発する生産秩序、経営秩序の紊乱行為に対して其の都度之を処分して居れば会社は終始紛争状態に置かれて却つて業務運営に支障を来たす事となるので隠忍自重その反省を待ち当然整理すべき者迄心ならずも整理を差控えて来たところ、是等の破壊的煽動的言動は愈々其の度を加えた。

之に対し昭和二十五年春頃より国内与論及組合内与論の動向に於ても是等破壊的煽動的言動に対する批判の声が高まつて来たので、茲に初めて会社は此の種整理の断行を決意するに至つたのである。

(二)  依つて会社は「緊急人員整理要綱」を定め、是等言動の具体的事実につき数ケ月に亘り詳細綿密なる調査の結果、原告等を前示の如き基準に該当するものと判定したが、なるべく会社の措置を納得して任意退職(依願退職、合意による雇傭関係の終了)をして貰う為任意退職の勧告を為し之を受諾して退職願を提出し任意退職する者には(イ)解雇予告手当(ロ)会社の事業上の都合に依る退職者に支払うべき退職金(当時の会社支給規程による額の二倍に近い金額)の外に(ハ)特別退職金を支給する事、会社の指定する期限迄に退職願を提出せざる者はやむを得ず解雇し、(此の場合には特別退職金の加給はしないこと)として、先ず昭和二十五年十一月一日、原告等所属の八幡製鉄労働組合の組合長を初め組合幹部十二名を招致して「緊急人員整理要綱」として整理の基本方針、整理該当者決定の基準、整理人員及整理方法、退職諸給与の支給方法を記載した通告書を交付し、之につき口頭の説明を行い質疑応答を重ねて組合側の諒解を求めると共に、組合を通して原告等整理該当者に対し其の伝達を図り解雇のやむなき事情を告知せしめた。組合は其後同月八日組合大会を開いた結果、被整理者全部の解雇を承認する旨の決議を為し、且同日限り原告等は組合員たる資格を喪失した旨の通告を為し来つた。

(三)  一方被告会社は十一月一日午後原告等に対し各別に組合に説明した「緊急人員整理要綱」等の趣旨に依つて会社の措置を納得の上十一月五日迄に退職願を提出して円満退職せられるよう勧告すると共に、雇傭関係の合意解約の申入を為し、同時に若し同日迄に退職願を提出して円満退職されない場合は十一月六日付を以て右通告書を辞令に代え解雇する旨及退職願を提出して円満退職せらるる場合は、解雇予告手当及事業上の都合による退職金の外に、特別退職金を支払う、退職諸給与の支払期日を十一月六日とする。尚今回の退職者で一ケ月内に本籍地又は生活の本拠地に移転する者に対しては帰郷費を補助し、荷造費、荷物の運賃も会社が負担すべき旨を記載した通知書を配達証明郵便を以て各被整理者に発送する外、十一月一日午後一時半より原告等中出勤している者に対しては各職場の責任者より同様の趣旨を伝達し、又出勤していない者に対しては責任者を派遣し、遠隔地に居住する者に対しては別に速達又は電報を以て之を伝達した。之に対し

(1)  別紙第一表記載の原告等は十一月五日迄に、即ち停止条件付解雇通告の条件成就しない間に、会社の申入の趣旨に従い悉く何等の異議を留保しないで自ら退職願を提出し失業保険受領の為の離職票を受取り且前記退職諸給与全部、殊に会社が任意退職者(雇傭関係が合意によつて終了した場合)に限り加給する事を明示した特別退職金迄何等の異議を留保しないで受取り任意退職したのであるから、同人等は解雇になつたのではなく雇傭関係は合意によつて終了したのである。従つて第一表記載の者については解雇の無効を争う余地はない。

(2)  第二表記載の原告等は十一月五日迄に退職願を提出せず暫くの間は退職金も受取らずにいたが、組合が解雇を承認し原告等が組合員たる資格を喪失した事を組合より会社に通告する等客観状勢の不利なる事を自覚し、其後解雇を争う事をやめ、会社より離職票の交付を受け、失業保険金を受領し且何等の異議を留保せずして解雇予告手当及退職金を受取り、本訴提起迄二年七ケ月余の間何等解雇につき異議を述べず、解雇無効確認等の訴訟も提起せず、地労委への救済申立等もなさなかつたのであつて内心不満はあつたかも知れないが、結局解雇を争わない表意に依り被告会社の解雇の意思表示に対し同意し退職したもの、換言すれば解雇の意思表示に対し雇傭関係を終了せしめる事に合意したものである。元来退職金は雇傭関係の終了を前提として支払うものであるから会社は雇傭関係の終了につき争つている者に対しては退職金を支払わないのは勿論の事であつて原告等も之を知つていたから暫く退職金の受領を差控えていたのであるが、結局其後に至り異議をとどめないで退職金を受領し且離職票の交付も受けたのであるから、雇傭関係は合意により終了した事はあきらかであつて、右原告等も解雇の無効を主張することは出来ない。

(3)  別紙第三表記載の原告等四名は何等の異議を留保せずして解雇予告手当及退職金を受取りながら其後一ケ月以内に会社に対し退職金は受領したが之は解雇を認めたものではない旨を通告しているが、会社より離職票の交付を受け、失業保険金を受領し、且何等の留保を為さずして解雇予告手当及退職金を受領しながら、即ち之に依つて解雇の意思表示に対し雇傭関係を終了せしむる事に同意しながら、其後に至つて一片の異議通告をしたからと言つて既に生じた法律効果を覆す事は出来ない。従つて右原告等も解雇無効の訴を以て争う事は出来ない。右原告等が解雇に内心不満のあつたであらう事は推認出来ない事はないが真に解雇を争う竟思があれば訴訟等の手段に出づべきであつて、解雇の無効を主張し、雇傭関係の終了を争つている者に対しては会社が之を交付しないであろう事が常識上も明白な退職金を何等かかる表意をしないで受領すべきでない事は明らかである。

(4)  別紙第四表記載の原告等は昭和二十六年二月七日付で会社に対し生活費に充当する為退職金を受取るが之は解雇を認める趣旨ではない旨を通告して来たので、折返し二月八日付で会社は退職金である事を明示して供託しているのでそれ以外の金としての受領を拒む旨回答したに拘らず、右原告等は其後敢て之を受領したのであるから其の受領行為に因り解雇を黙認したもの即ち解雇に同意したものと謂わなければならない。更に此の五名は解雇予告手当並に退職金を受領する以前既に会社より離職票を受取り失業保険金を受領しているが之は予め解雇に同意しなければ退職金を受領出来ない事を承知しながら之を受領した事を裏書している。若しそうでないとするならば退職金及失業保険金を詐取したものと言わねばならない。

更に第四表記載の原告等中後藤久子は供託書を紛失し会社より供託金還付請求についての承諾書の交付を受けるに際し、解雇に対し異議を申立てない旨を約し、其趣旨の書面迄会社に対し差入れているので雇傭関係は合意によつて終了した事明らかである。

尚以上(2)乃至(4)については、若しも右解雇の無効を主張せんとするならば当時直ちに労働委員会に救済の申立をするとか裁判所に解雇無効確認の訴を提起し同時に従業員としての仮の地位を定むる仮処分申請の手続をするとかして早急に救済を求むべきに拘らず本訴提起迄実に二年七ケ月の間其の処置に出でず退職金、失業保険金はその当時之を受領した事は、当然解雇に異議を申立てても救済を求め得られない事を自認し解雇に同意したものと言ふべきである。更に、二年七ケ月以上を経過して一応法秩序の安定した今日夢想だもされない本訴を提起した意図は誰しも首肯出来ないところであろう。真に若し不当解雇として救済を求める意図があれば最も生活を脅されているであろうと思われる当時直ちに救済を求むべきで之を求めなかつた事は反面救済を求むる権利を放棄したものと言わなければならない。若し積極的に権利を放棄したもので無いとすれば権利の上に眠れる者であつて今日に至つて訴を提起するのは法秩序の安定を紊るものと言ふべく法の保護を受くる権利を喪失しているものである。

(四)  原告等は今日に至り退職願の提出退職金の受領が真意に出なかつた如き主張をしているが之は真実に反する。又原告等は一方に於ては退職金は生活費及闘争資金として之を受取つたと主張しているが原告の使途はとも角会社としては退職金として支払つたものであつて退職金以外のものとして之を支払う意思は無かつたものである。

(五)  仮りに原告等の右退職願の提出及退職金としての受領が真意に出でなかつたとしても之につき何等の表示を為さざる以上会社としては原告等の内心の真意を知る由もないから斯かる不真意表示は表示行為通りの効果を生じ合意に依る雇傭関係終了の結果を来す事あきらかである。

(六)  仮りに原告等との雇傭関係が合意に依つて終了していないとすれば、原告等はすべて解雇になつているわけであるが、其の解雇は何等無効となるべき理由はない。

被告会社が原告等に対し解雇通告を為したのは原告等が職場規律を紊乱し、労働能率を低下せしめ、作業を阻害する等、被告会社の生産秩序、経営秩序を破壊し被告会社の権利を侵害したからであるが、是等表面に現われた原告等の言動は其の拠つて来るところ深く、原告等中日本共産党員は日鉄細胞(後に八幡製鉄細胞)を構成し、日共の党是及諸決定をそのまま踏襲し、之を職場に於ける党活動に如何に具体的に実現するかについて屡々日共中央委員又は中央委員候補の指導を受け且頻繁に日鉄細胞会議、日鉄全党員会議等を開いて其の戦術を謀議決定し其の結果に基いて日共の目的たる暴力革命に依る人民政府の樹立、重要産業及金融機関の国営人民管理への準備活動として、被告会社の職場に於て前示の如き言動に出たものであり、又原告中党員たらざる一部の者も全く之に同調し同様の活動を行つたもので、「八幡製鉄を暴力革命の拠点として」「之を突破口として」縦に横に革命を拡大する事を目標としていたものである。

而して共産党員たる事それ自体を以て之を解雇する事は憲法第十四条、民法第九十条、労働基準法第三条によつて許されないが、労働者が自己の意思に依つて使用者と雇傭関係を結んだ以上労働者は雇傭契約に基く従業員たる義務に違背し得ないのは勿論であるから其の思想、信条に基く言動が従業員としての義務に違背し使用者の権利を現実に侵害し又は現実に侵害する危険が明白に存する場合には使用者はその有する権利の範囲内に於て従業員の責任を追究し解雇其他相当と認められる処置を採り得る事は勿論であつて是等憲法及労働法、民法第九十条は使用者の斯かる行為迄禁止せんとする趣旨ではない。

而して被告会社は原告等の前示の如き言動に対し使用者としての権利を防衛する為やむを得ずして本件解雇通告を為したものであつて原告等の思想信条自体を理由として解雇したものでもなく、組合活動を理由として解雇したものでもないから本件解雇通告は何等憲法、労働法、民法の規定に違反しない。

一体現在の法制上は使用者は、憲法、労働法、労働協約、就業規則の制限に違反せず且権利濫用にわたらざる限り所謂解雇の自由を有し解雇につき正当の事由を要せざることは幾多の有力なる学説及多数判例の既に認めるところであり、従つてまた解雇理由を明示する事を要しない事もまた有力なる学説の支持するところであるけれども、被告会社は本件解雇に際しては苟も正当理由なき解雇を一切避ける為、数ケ月に亘り詳細綿密なる調査を遂げて資料を蒐集し、此の調査資料を更に綜合判定して前示整理基準に合致したもののみを整理該当者としたのであり、且解雇通告に際しては、組合長以下組合幹部を招致して解雇基準を明らかにして原告等が之に該当する事を発表し、且原告等を排除するのやむなきに至つた事情を説明して諒解を求め、併せて組合を通じて各人に其の伝達方を図つている。唯被整理者が多数であつて直接個人々々に対し前示基準該当者と認めた根拠を一々説明する事は異常な混乱を来たす虞があり殆んど不可能であつた為やむを得ず之を説明しなかつたのみである。従つて何れの点より見るも本件解雇が不当解雇として無効となるべきいわれはない。

と陳述した。(証拠省略)

理由

証人入江富雄(第一、二回)城戸実夫(第一、二、三回)の各証言及び別紙被告提出書証表の認否欄記載の通り、同表認否欄記載の者と被告会社間に於てそれぞれ成立に争なき事実と右各証言とを綜合して真正に成立したと認め得る乙第二号証の二(以下書証省略)を綜合すれば以下掲記の事実を認め得べく右事実に基いて左記の通り法律上の判断をする。

第一、本件解雇に至る経過

被告会社の前身たる八幡製鉄所は国家的必要より国営製鉄所として発足、其後昭和九年に日本製鉄株式会社法に基く特殊会社に改組され、更に昭和二十五年四月八幡製鉄株式会社となつたのであるが、その国民経済上に占める地位は変る事なく、我国基幹産業たる銑鉄、鋼鉄の生産に於て全国生産高の三割乃至四割を占め、其の運営の如何は直ちに我国民経済再建に重大影響を及ぼす関係に在り、従つてその経営についても普通の営利会社と異なり、公共的方面より根本的制約を受け、営利のみに終始出来ない立場に在る為、被告会社幹部も其の社会的使命を自覚し鋭意その経営に努力を傾けて国民経済再建に寄与し来り従業員の大多数も亦之に協力したのであるが何分三万五千人に及ぶ多数従業員の事とて其中には、特殊の政治的立場の実現に急なる余、会社の業務運営に協力せず、生産を阻害し職場の秩序を混乱に陥入れんとする言動を為す者少からず、是等生産非協力、生産阻害、職場秩序破壊の言動により、職場の秩序は紊れ業務の運営に著しい支障を来すに至つた。よつて会社は其の正常な業務運営の維持確保を図る為、是等の従業員を排除するのやむなきことを決意し、其の実施基準として「整理実施要領」なるものを定めその整理対象として

(1)、事業の公共性並びに特殊性に対する自覚に欠けている者

(2)、常に破壊的言動又は之が煽動的言動を為し他の従業員に悪影響を及ぼし、能率を低下し、或は業務の運営に支障を及ぼす者又はその虞れある者

(3)、其他業務運営に協力しない者等事業の健全な運営に支障となつているような者

を整理該当者とする事とし、更に此の基準を具体化し、十四項目に亘る調査事項表、例えば

一、暴力を行使し或は不穩当な言辞を弄する者

一、平素職場規律を軽んずるような言辞を弄し又は之に違反する行動のある者、及び紊りに職場規律違反を煽動する言動のある者例えば就業時間中党又は細胞の機関紙出版物ビラ等の執筆党活動の為就業時間中の離席

一、会社の経営に関して真相を歪曲して殊更誹謗し煽動宣伝した者

一、職制に対し組合の正式指示なく故意の反対を為し、又は作為的中傷誹謗を行つた者

一、組合機関の指令に反し或は指令を待たず独自の立場に立つて単独で又は集団を為して会社側に対し反抗的圧迫的言動を為した者

一、会社に対して作為的に虚偽の中傷バクロを為し、若しくは之を宣伝煽動する者

其他八項目を作成し、之を被告会社の各工場事業場に廻付して各現場の係員より報告を求め、此の調査事項に該当する具体的事実を調査した結果、集つた尨大な資料を取捨選択し之を綜合判定の上原告等外多数を被整理者と断定し、先ず昭和二十五年十一月一日午前中労働組合に対し「緊急人員整理要綱」として整理の基本方針、整理該当者決定の基準、整理人員、整理方法、退職諸給与の支給方法を記載した通告書を交付し、更に同日午前中組合長以下幹部十二名を招致して右通告書につき説明、質疑応答を重ねて組合側の諒解を求めると共に組合を通じて整理該当者に対し前記通告書内容の趣旨伝達を図つた。而して組合は十一月八日に組合大会を開いた結果、圧倒的多数を以て原告等に対する解雇を承認する旨の決議を為し会社に対し原告等は当日限り組合員たる資格を喪失した旨通告し来つたのである。

一方会社は十一月一日午後原告等に対し各別に、組合に説明した「緊急人員整理要綱」の趣旨に依つて会社の措置を納得の上十一月五日迄に(此の期限は組合との交渉の結果七日迄延長された)「退職願を提出して円満退職せらるるよう御勧めする」旨任意退職(雇傭関係の合意に依る終了)の勧告を為すと共に合意解約の申入を為し、同時に、若し同日迄に退職願を提出して円満退職(任意退職)をされない場合は同日付を以て本通告書を辞令に代え解雇する事とする旨、及円満退職せらるる場合には解雇予告手当、事業上の都合に依る退職金(その額は当時の会社の事業上の都合に依る退職金支給規程に依る額の約二倍に近いものであつた。)の外、特別退職金を十一月六日迄に支払う事、若し十一月五日迄に退職願を提出して円満退職せられない場合には其の後は解雇予告手当及右退職金のみを支給し特別退職金は支給しない旨を記載した通告書を内容証明配達証明郵便を以て各被整理者に発送する外、十一月一日午後一時半より原告等中出勤している者に対しては各職場の責任者より本人宛同様の趣旨を伝達し、又出勤していない者に対しては責任者を派遣し、遠隔地に居住する者に対しては別に速達或は電報を以て伝達するの方法を講じた。

右の通告は任意退職の勧告を兼ねた合意解約の申入であると共に、十一月五日迄に退職願の提出なく雇傭関係が合意に依り終了せられざる場合を条件とする停止条件付解雇通告と見られるが、之に対し別紙第一表記載の原告等は悉く何等の異議を留保せずして十一月五日迄に退職願を提出し且何等の異議を留保せずして右退職諸給与全部を受取つたのであるが、別紙第二表乃至第四表記載の原告等は期限迄に退職願は提出せず後に解雇予告手当及退職金は之を受取つたのである。之を詳説すれば

第二、別紙第一表記載の原告等の関係

別紙第一表記載の原告等は、被告会社が十一月一日付を以て「会社の措置を納得の上来る十一月五日迄に退職願を提出して円満に退職せらるるようお勧め致します」との記載ある通告書を送り、十一月五日迄に退職願を提出して円満退職(法律的には合意解約即ち雇傭契約の合意に依る終了)の勧告を為すと共に合意解約の申入を為したのに応じ、右期日迄に自ら退職願を提出し、何等異議を止めないで解雇予告手当及び退職金並に円満退職する者に対してでなければ支払わない事を会社が明示している特別退職金迄受取つているのであるから、解雇の効力が発生せざる以前に雇傭関係は合意に依つて終了した事は明白である。

いつたい会社が解雇通告を為した場合に於ても必ず労働者が其の解雇の有効無効を争うものと即断すべきものではなく、労働者が解雇の理由、解雇反対に対する組合及一般国内輿論の支持如何、解雇を争う事の得失如何、退職の条件、殊に退職に依り受くべき給与、解雇を争つて強いて会社内に止まつた場合に受くべき給与の額如何、他に職を求めた場合に受くべき収入如何其他一切の事情を考慮してたとえ内心大いに不満があつたとしても解雇を受諾して雇傭関係を合意によつて終了せしめる事は必ずしも異例な事ではないが、本件に於ても原告等は解雇通告が発せられるや組合を動かして解雇反対斗争に持込むより外に手段なしとして組合を解雇反対斗争に動員せんとしたが、当時一般組合員は原告等の平素の言動に対し極めて強い批判を有し会社の処置を是認する者も少からず、組合大会に於て投票等によつて解雇の当否を決する事となれば解雇承認の決議となるべき形勢に在る事を顧慮し原告等は之を回避して組合の中央委員会に於て解雇反対斗争の決定を為さしめんとし、且それ迄は退職願の提出を抑制する事とし、十一月二日開かれた組合中央委員会に於ても之を組合大会の一般投票に掛くべしとの案に対し極力反対したが及ばず採決の結果は絶対多数で其の案が可決され解雇の当否を組合大会の一般投票に問う事となつた。茲に於て原告等の大部分を占める第一表記載の者達は、他の原告等が尚断念し得ず退職願を提出しなかつたに拘らず、諸般の情況を考慮の結果、解雇となつて之を争う事をやめ、遂に十一月五日迄に自ら退職願を提出し退職諸給与全部を受領した消息を看取する事が出来る。

然るに之を以て雇傭関係の合意に依る終了でないとするならば右原告等が退職願を提出した事及会社が依願退職者でなければ支払わない事を明示した特別退職金迄受取つた事の法律的説明は全くつかない。

原告等は退職願の提出は退職金及特別退職金を受領する方便に過ぎなかつたと主張しているけれども、原告等は退職願の提出と言う事が単なる形式ではなく如何なる意味を持つかを理解して、当初は退職願を出さない事に全員を結束せんと努力した事も証拠上充分に窺われるし、一方会社は前記通告書に依つて「退職願を出して円満に退職せらるるよう御勧め致します」と言い、且退職願を出し円満退職する人に対してでなければ特別退職金は支払わないと言う事をハツキリ記載しているのであるから会社も亦退職願の提出を単なる形式と考えず之を以て合意解約の申入を承諾する意思表示と解し、其の趣旨を通告書に言いあらわしていた事は明白である。之に対し退職願を提出し特別退職金を受領する事は会社の合意解約の申入を承諾した事に外ならず、それ以外に法律的説明のつけようが無いものである。

原告等は退職金を解雇通告後の賃金給料及生活資金並に斗争資金として受取つたと主張するけれども第一表記載の原告等が退職金を退職金としてでなく賃金給料及生活資金並に斗争資金として受取る旨を会社に表示して之を受取つた証拠は全く存しないのみならず、右原告等が会社に提出した受領証にはすべて之を、退職金及特別退職金として受取つた旨明示されているからたとえ原告等が内心之を以て生活資金斗争資金に充てる意思を有していたとしてもそれは其の金員の使途を示すものに過ぎず、やはり退職金として受取つた事に変りはない。

仮りに内心に於ては退職金を退職金として受取る意思では無かつた、退職願も内心に於ては合意解約に同意する意思で出したのではなかつたと言つて見たところで(然らざる事は既に認定した通りであるが)相手方に対し表示せられない内心の意思を以て自ら表示した行為の効果を否定する事は出来ないから退職金を退職金として受取り退職願を退職願として、即ち前示の如き意味に於ける退職願として提出した事に変りはない。原告等は退職願の提出や退職諸給与一切の受領が原告等の真意にあらざる事を会社は知つていたか、又は知り得べかりしものであると主張するけれども、会社が之を知り又は知り得べかりし事情を認むるに足るべき確証はない。却つて原告等が退職願を提出し、会社が円満退職(任意退職)する人に対してでなければ支払わない事を明示した特別退職金迄異議なく之を受取る以上――而して退職願の提出、退職諸給与の受領は通常雇傭関係の終了を前提として之を清算する手続と解せられている以上――会社としては原告等が解雇となつて其の効力を争う事を断念して合意解約の申入に同意したものと考へるのが寧ろ当然であり、又証拠上から言つても会社が斯く考へていた事を認める事が出来る。

而して原告等中別紙第一表記載の者は退職に伴う諸給与一切を受領後、昭和二十五年十二月十八日に至り原告緒方孝男を通告者代表と記載してさきに退職金を受領したのは退職に同意し或は解雇を認めたものではなく生活費に充当する為受取つたものである旨の通知書を発送したが、右通告書は代表者緒方の捺印あるのみで他の氏名連記者の捺印なく委任状の添付もない為、会社は十二月二十七日付で原告緒方が代表資格ありや否や(全員が委任したか否か)疑わしきも既に雇傭契約終了後に於て斯かる異議通告の理由なき旨を回答したことが認められる。

併しながら此の中大津博、水谷義を除く他の原告等については何れも前説示の如く合意によつて雇傭関係は終了しているのであるから、其後になつて斯様な異議通告をしたからと言つて既に終了した雇傭関係を復活せしむるに由なきものである。

加之、右原告等は会社が十一月五日迄退職願を提出して任意退職せられたい旨勧告し任意退職の場合に限り解雇予告手当及退職金の外特別退職金をも支払うべき旨を勧告したのに対し之に応じて期限内に退職願を提出し之に依り解雇予告手当及退職金の外特別退職金まで支払わせ異議なく之を受取りながら、後に至つて反言して退職願の提出は真意ではなかつた。退職金を支払わせる為の方便に過ぎなかつた。と主張し、さきに自ら表示した行為を自ら故意に為したる不真意表示を理由に否定せんとするものであり、若し原告等の主張の通りならば、そは結局相手方の申入に応ずる如き態度を取つて退職諸給与一切を支払わせながら後に至つてそれは相手方を欺罔して退職諸給与を支払わせる手段に過ぎなかつたことを主張するものであつて信義則に反する主張と言わざるを得ない。労働者の経済的に不利なる地位に在る事は之を察するに余りがあるけれどもそれだからと言つて経営者に対抗する為には如何なる手段を用いてもよいとか欺罔的手段を用いてもよいとか言う事にはならない。

従つて原告等の右異議の通告は何等合意解約の効力を否定する事にはならないのみならず本訴に於ても斯かる主張を為し得ないと解するを相当とする。

原告等は「会社の本件通告は退職願を提出せよ、それでなければ解雇すると言う事であるから労働者の弱身に乗じて退職願の提出を強要したのであつて退職願の提出が仮りに退職の申入に対する承諾の意思表示だとしても此の意思表示は民法上強迫に因る意思表示として取消し得べき行為であり且民法第九十条の公序良俗に反する法律行為として無効である」と主張するけれども会社が前記停止条件付解雇通告を為したのは前認定の理由に依るものであり、原告等の組合活動又は思想信条自体を理由にしたものでない事は前に認定する通りであつて其の間何等違法性も不当性も認められないから会社が右の如き通告によつて退職願の提出を求めたからと言つてそれが強迫による意思表示になるべき理由はない。加之前認定の事実よりするも原告等が期限内に退職願を提出せずして解雇の効力を争うか、或は期限内に会社の申入を受諾して雇傭関係を合意で終了せしめるか、その何れかを撰択する余地は残されていたのであり、現に第一表記載の原告等以外の者は、一応前者の方を撰択して退職願を出さなかつたに拘らず、第一表記載の原告等のみは諸般の事情を考慮の結果自ら依願退職の方を撰択したのであるから、退職願の提出を以て強迫による意思表示と言う事は出来ない。

更に特別退職金は会社が必ず支払うべき義務あるものではなく、依願退職者に限り特に支給するものであつて、言葉は適当ではないが依願退職者に対するサービスである事を認め得る。従つて予告手当と異なり原告等は当然に特別退職金の支払を要求する権利を有するわけではない。

故に会社が期限迄に退職願を出した人には特別退職金を支払うと言うのは、利益を以て退職願の提出を誘引した事にはなるけれども、之を裏から見ても退職願を出さない人には此のサービスをしないと言う事に過ぎないから、積極的に不利益を加へる事にはならない。従つて此の点から言つても此の通告を以て強迫に因る意思表示と言う事は当らない。労働者が経済的に不利なる立場に在り生活上の顧慮から少しでも利益の多い依願退職の方を撰択したからと言つて之を以て会社の強迫に因る意思表示だと言う事は勿論出来ないし、会社が労働者の経済的に不利なる立場を利用して特別退職金と言う利益を以て誘うたとしても之を以て強迫に因る意思表示だと言うのは無理である。従つてまた之を以て民法第九十条の公序良俗に反する法律行為と言う事も当らない。

原告等は退職願の提出、退職金の受領が解雇を承認した事になつたとしても本件解雇の承認は「使用者の不当労働行為意思を明示又は黙示的に容認し其の実現を主たる目的としているのであるから公序良俗に反し無効である」と主張するけれども、本件雇傭関係終了の合意が「不当労働行為意思を明示的又は黙示的に容認し其の実現を主たる目的としているもの」と認むべき証拠なく、其の然らざる事は前認定の事実によつても了解し得るところであるから此の点の主張も理由がない。

第三、別紙第二表記載の原告等の関係

而して原告等中別表第二に記載する者は会社の指示した期限内に退職願を出さなかつたのであるから十一月六日付を以て解雇されたと認めるのを相当とするところ、解雇予告手当及退職金については、原告江藤勳、徳永瑞夫、横山利男、八尋藤吉は昭和二十五年十一月二十一日より二十七日迄の間に、原告原田ヨシ子、西繁秋、溝口孝、溝口綾子は同年十二月十二日より同月二十七日迄の間に、其余の同表記載の原告等は翌年一月九日迄の間に何れも何等の異議を留保せずして之を受取つている。

而して本件原告等は解雇通告に対し如何なる態度を執るかについては相連絡し相協議していた事が認められるところ、他の原告等が何れも退職金受領後(但し後記第四表記載の五名のみは受領前)解雇につき異議通告をしたに拘らず右第二表記載の原告等に限り退職金受領前にも、後にも何等異議を述べて居らない事、右原告等は解雇通告後本訴提起迄二年七ケ月の間解雇無効等の訴訟も提起せず、地労委への救済申立を為す事もなく、又復職要求も為すことなくして経過している事、退職金の授受は雇傭関係の終了したる事を前提として之を清算する手続であるから、一方に於て解雇が無効であつて雇傭関係の存続する事を主張しながら之を受取る事は出来ない筈であつて、解雇の有効なる事を前提とするか、或は解雇の無効を主張しない事を前提としなければ受取れない筈のものであるのに、右原告等は何等の留保も為さずして之を受取つている事、本件原告等は解雇通告を受けた当初には解雇反対斗争を為すには組合を動かす外なしと考へて組合を動員せんと一応は試みたのであるが、十一月八日組合大会に於て圧倒的多数決を以て本件解雇をすべて承認する決議が為され、組合の支持を得る見込が全くなくなつた事、及び国内輿論も亦所謂トラブルメーカー的共産党員の解雇を是認する傾向にあつた事、其他本件に顕はれた一切の証拠を綜合すれば、第二表記載の原告等は当初は尚退職を断念し得ずして退職願も出さず退職金も受取らなかつたのであるが、其後本件解雇を組合が承認し、組合の支持を受け得られなくなつたこと、其他諸般の事情を熟慮の結果、解雇の効力を争う事をあきらめ、もはや解雇の無効を主張しない事を前提として、異議を留保しないで退職金を受取つたものと認めるのが相当である。(他の原告等が退職金受領後解雇について異議通告をした場合にも右原告等は全く之に加つていないし本訴提起迄二年七ケ月の間異議通告、訴の提起其他何等の措置を取つていない事も右認定に符合している。)而して退職金の受領は雇傭関係の終了を前提として之を清算する手続であるから何等の異議を言わずに之を受取つた事は、もはや解雇の効力を争う事をやめる事を行為によつて表示したものであり、会社としても右原告等が解雇についてもはや異議を述べない意思の下に退職金を受領したものと了解して何等退職金支払に対し異議は述べなかつたものであるから、結局解雇について異議を述べない黙示の合意が成立するに至つたものと認めるを相当とする。

原告等は退職金の受領は解雇について異議を言わない意思の下に為されたものではなく、会社は原告等の真意を知り得べかりしものと主張するけれども、之を認めるに足るべき確証はない。却つて、原告等に於て解雇を争う意思があるとすれば解雇に対し、其の理由をただし異議通告を為し、又は地労委に救済の申立を為し、或は解雇無効確認の訴を提起し、或は解雇の効力停止の仮処分を求める等の措置を採るのが通常であるのに、原告等は解雇通告後退職金受領迄に相当期間経過せるに拘らず何等斯様な手段を採らなかつたのであるから、会社側としては原告等が解雇の効力を争うのをやめ、解雇につき異議を述べない意思の下に、退職金を受取つたと考えるのがむしろ普通であつて会社が原告等の真意を知り得べかりしものと断ずる事は困難である。従つて表示せられざる原告等の内心の真意如何は、前認定の黙示の表意の効力を妨げない。

加之、信義則上から言つても原告等の右主張は失当である。即ちたとえ、右原告等の内心の意思が、なお解雇の効力を争うに在つたと仮定しても、其の内心の意思は退職金受領の際にも其以後にも一切表示されず、表示されたところは何等の異議を留保せざる退職金の受領と言う如き――もはや解雇の無効を主張しない或は解雇の効力を争う事をやめる意思だと解せられる――行為であつた。従つて会社としても此の表示行為に信頼し右原告等との雇傭関係は終了したものとして再出発し、後任者の採用、配置転換等新なる事実状態乃至法律関係を形成して行つたものであり、一方労働組合に於ても本件に於ける如く原告等の解雇を承認し会社に対し原告等が組合員たる資格を喪失した事を通告した場合に在つては、原告等が既に組合員たらざるものとして役員選挙其他一切の事を処理する等新たな関係を形成して行つたものであるから、右原告等が自ら雇傭関係の終了を前提としているとしか考えられない表示行為を為し、之に信頼したる会社をして退職金を支払わしめ且会社及組合をして長年月に亘り新たな関係を形成せしめながら、仮りにそれが不真意表示だとしても二年七ケ月も後になつて自らさきに意識的に為したる不真意表示を理由に――退職金は返還しないままで――解雇の無効を主張し一挙に一切の関係を覆えそうとするのは、権利行使の方法が余りに恣意的であり、且労働組合法第二十七条が不当労働行為ありたる場合に於ても、行為の時より一年経過後は救済申立を許さないとしてなるべく速かに労働関係を安定せしめんとしている精神に照らして考へても法律関係安定の理念に反するから是等の点から見て信義則に反する権利の行使方法と言わざるを得ない。

従つて第二表記載の原告等は本訴に於て解雇無効確認請求権の行使は出来ないものと言わねばならぬ。

第四、第三表記載の原告等の関係

第三表記載の原告等は何れも会社が前記通告書に於て指示した期限内に退職願を出さなかつたので解雇となつたものであるが其の中大津博は昭和二十五年十一月二十二日、水谷義は同月二十七日、何れも異議を留保せずして退職金(解雇予告手当も同時に受領、以下各人につき同様)を受領しながら、其後昭和二十五年十二月十八日付で「退職金は受領したが之は解雇を認めた趣旨ではなく生活費に充当する為に受領したものである」旨の通告を為し、又中尾貞敏は昭和二十六年一月十六日、渋谷勝は同月二十九日、何等異議を留保せずして退職金を受領しながら其後同年二月七日付で同趣旨の通告を為している。而して前説示の通り退職金は雇傭関係の終了を前提としなければ本来受取れない性質のものであり、且右原告等に於て解雇の無効なる事を主張しながら之を前提として退職金を受取る事を会社に表示していたならば会社は之が受領を拒否したであろう事は当裁判所が真正に成立したと認める乙第八号証ノ三ノ二、乙第八号証ノ四ノ二によつても明らかであるから、右原告等が之を回避する為何等斯かる留保を為さずして退職金を退職金として受領しながら一旦之を受領するや退職金は受取るが解雇の無効は主張するという通告を為す事は、やはり信義則に反する行為と言わなければならない。併しながら第一表記載の原告等の如く退職願まで提出し会社が任意退職者でなければ支払わないことを明示している特別退職金迄受取りながら後に其の不真意表示なる事を主張するのと異り、又第二表記載の原告等の如く解雇通告に対しても、終始何等の異議を言わないで退職金を受領し、二年七ケ月も経過して法律関係が一応安定して了つた後はじめて其の不真意表示なる事を主張するのと異つて、信義則違反の程度は前二者程著しくはないから右の程度の信義則違反を以て解雇無効の主張を許さない事の当否はなお若干疑問があるから是等第三表記載の原告等については第四表記載の原告等と共に其の解雇が有効なりや否やを判断する。

第五、別紙第四表記載の原告等(深田護、辻昭彦、松尾喜久男、為国輝夫、後藤久子)及前記渋谷勝、大津博、水谷義、中尾貞敏の関係

右原告等は会社の指定した期限迄に退職願を提出せず解雇となつたものであるが、

此の中後藤久子は証人入江富雄(第一回)の証言、及之に依つて真正に成立したと認める乙第八号証ノ四ノ三を綜合すれば、昭和二十六年三月一日付で被告会社に対し本件につき何等の異議申立はしない旨の書面を差入れて後、解雇予告手当及退職金を受領しているのであるから、一旦解雇にはなつたが、其後同人が之を承認した為に結局雇傭関係は合意に依つて終了している事明らかである。

而して原告辻昭彦、深田護、松尾喜久男、為国輝夫、中尾貞敏、水谷義、大津博、渋谷勝等は何れも昭和二十五年十一月一日付の本件解雇通告直前頃迄団体等規制令に依る登録を為していた日本共産党員で日共日鉄細胞(後に八幡製鉄細胞)の一員として相互に緊密なる連携を以て党勢力の拡大強化に狂奔したものであるが、日共日鉄細胞は其の下部組織として車輛、二製銑、尾倉機械、枝光電力、一製鋼、二製鋼、三製鋼、軌条、一枝(いちえだ)、海岸運輸其他多数の各職場に支部細胞を有し、右原告等はそれぞれ各支部細胞の指導的人物であつた。而して各細胞員は党上級機関の指示命令指導に従う外、常に日鉄細胞の諸会議に出席して其の具体的戦術を謀議決定し、或は日鉄細胞委員会の諸決定に従い、相連絡し、相呼応し一の謀議団体として細胞活動を極めて活溌に為し来つたものであるが、右日鉄細胞の採つていた戦術は大要左の通りであつた。即ち

(1)  労働者の幸福を招来するには労働組合主義を脱却し、共産党が革命に依り政権を其の手に收めて人民政府を樹立し、重要産業及金融機関の国営人民管理を為す外なしとし、一切の斗争及其の戦術は此の目標の為に案出され実施され、又此の目的の為に職場内に於ける党勢力の拡大強化を図らんとした。

(2)  従つて是等八幡製鉄細胞の活動は労働者の経済的地位の向上を組合運動によつて貫徹せんとする本来の労働組合主義と其の目標を異にし其の職場内に於ける斗争も政治斗争、権力斗争の性格を持つものであつた。例えば昭和二十三年一月以来八幡製鉄細胞会議に於て討議決定され「生産復興斗争」の名の下に行われた斗争(但し当時組合が取り上げた生産復興斗争と同一のものではない)に於ても細胞会議の決定は之が単なる経済斗争ではなく細胞の用語によれば「政治斗争、権力斗争である」事を明らかにして居り、「労働組合主義より脱却して政治斗争、権力斗争へ飛躍」すべき事、「職場斗争を地域斗争、人民斗争へ」展開し、此の斗争を通じて「人民民主戦線結成、重要産業、金融機関の国営人民管理、人民民主主義革命遂行へ」向うべきことを指示し、企業内の斗争に於ても「其の性格」は「人民斗争へ展開する生産復興斗争」であり、例へば企業内斗争の要求事項の一たる勤労所得税会社負担の要求も「権力斗争への大きな鍵」であるとしている。

更に此の斗争の根源を把握して斗うべきであり、其の根源は「資材原料のプール制人民管理、配置人民管理、更には金融機関及重要産業の国営人民管理への過程としての斗争」である事即ち工場の経営組織を変革して企業を労働者の共同管理に持つて行く過程としての斗争であることを明らかにしている。

又以上の通り同細胞の活動と本来の労働組合主義による組合活動とは目標を異にしていたから、両者その目標に向う途上に於て或一点に於て相交叉し其の交叉する点に於て外形上相似ていた場合に於ても、実質に於て両者は其の目標を異にし、性格を異にし、具体的戦術を異にしていたのである。而して其の活動の形式に於てもアジビラによる場合には、殆んどすべての場合に「日共日鉄細胞」或は「八幡製鉄細胞」等企業内に於ける斯様な政党の名を用い党活動なることを明らかにしていた。

(3)  同細胞は従業員大衆の間に革命意識を釀成せしめ、大衆を之に馴れしめる為には、徹底的に日常斗争に依つて従業員の会社職制に対する不信、反感、対立抗争意識を釀成し激発し「労働者の敵は職場では職長、課長、部長、会社、資本家、世界独占資本家なることを知らせる」事及び、「従業員を怒らせること」が必要であるとし、その為には会社及職制に対する中傷誹謗も辞せず、又会社が特需に依り莫大な利益を收めているに拘らず、賃金は却つて値下し従業員が極度に劣悪な労動条件によつて酷使されているとの主張を歪曲誇張の事実を掲げて反覆宣伝煽動し、之に依つて従業員大衆の間に不平不満をまき散らし更にその不平不満を激発せしめんとした。

更に此の目的達成の為職制に対する圧力斗争、配置転換反対斗争等を推進し、細胞の方針通り組合を動かし得て組合の意思決定の形式を藉り得られる場合には組合活動の形式を採るも、然らざる場合殊に昭和二十四年に入つて後は一般組合員大衆の同細胞に対する批判が強く組合を細胞の方針通り動員する事は仲々困難であつたので、組合本部の正式指令に依らず細胞の立場から各職場の従業員を煽動して細胞員を中心とする大衆の圧力を利用して、原告等が日常斗争、職場斗争更には職制に対する圧力斗争と呼んでいた権力斗争に異常な努力を傾注した。例えば対課長斗争と称し各職場毎に細胞員を動員して取り上げられる限りのあらゆる問題あらゆる不平不満を取り上げて殊更に之を激化せしめ、之を結集して細胞員を中心とする職場要求及職場斗争に盛上げ、之を各現場の掛長、課長殊に課長に対し大衆の圧力を利用した圧迫的言動を以て常に交渉し、要求し、抗議し、其の即時実現を迫り、右要求を直ちに聴かれざる場合には会社に誠意なしと宣伝して従業員の職制に対する不信反感対立抗争意識を激成する事、而して其の要求も当時の物資不足等経済状勢に依り、或は採算上如何なる会社と雖も早急に実現不可能のもの、課長の権限によつては如何ともし難いもの等をも故らに取り上げて課長に対し其の即時実現を迫り紛争を惹起する事、必ずしも其の実現を期待しているのではなく「日常斗争によつてこそ大衆は革命的に成長する」と為し大勢で押し掛けて交渉し要求し、又は是等の行為を煽動し常時職場に於ける紛争の惹起及之を利用しての大衆の結集、党勢力の拡大強化を図り、且「職制の末端に至る迄大衆的圧力を加へ」て之を萎縮せしめ現場に於ける職制の指導力を失わしめ之を漸次党細胞の手に收める等が其の目的であつた。

(4)  又職場斗争の一環として会社職制の指示に対し組合の正式指令なく且当該職場従業員の総意に基かずして細胞員を中心とする一部従業員の反対斗争を行つた。

(5)  労動者に対し職制が横暴にして圧制的であり且不公平であるとの事を歪曲誇大に宣伝し、従業員の職制一般に対する反感憎悪対立抗争意識を譲成せんとし、「職制いばるな」「ビンタ張るな」等のスローガン等を常にビラ等に依つて反覆宣伝し又アジビラ細胞機関紙等に何等氏名、日時、場所等具体的事実を示さずして、単に「伍長が作業員を殴つた」「職制がビンタを張つた、蹴つた」等の如く抽象的に記載し被告会社の職場が極めて多数の工場に分れて居り、三万五千余の従業員は他工場での出来事を知り得ざるに乗じ恰も職制一般が圧制横暴で従業員に対し頻繁に暴力をふるう如き印象を従業員に与えるに努め、又職制と作業員との間の差別待遇を歪曲誇大に宣伝する等の方法に依り、従業員の職制に対する反感、憎悪、対立抗争意識を殊更に激化せしめんとした。

(6)  更にソ連、中共を以て日本の労働者の解放を図る平和的勢力、アメリカを中心とする国連軍を以て日本を植民地化軍事基地化し、ついに日本国民を奴隷化せんとする帝国主義的侵略軍隊なりとの見解に立ち、反戦思想、日本の植民地化、軍事基地化反対、全面講和、民族独立等、従業員の受入れ易い政治的題目と被告会社の鉄鋼生産とを故らに結びつけ、被告会社の生産する鉄鋼が朝鮮事変の戦闘に於てアメリカ軍の兵器、軍需資材となつているから、被告会社の朝鮮事変による特需生産に協力する事はアメリカの帝国主義的侵略戦争に協力し延いては日本を植民地化、軍事基地化、奴隷化する事に外ならずとし、又特需生産に因り労働は極度に強化され米軍の圧力下に奴隷労働を強制されつつあり、之が為労働者は疲労困憊の極に達し、死亡病患相次ぎ、災害事故続出し、職場には不平不満充満している等を歪曲誇張の事実を掲げて宣伝し従業員をして特需による増産に嫌厭の念を起さしめ特需生産に対する非協力を示唆煽動し、作業意欲の低下、延いては之に依る生産の低下を策した。

(7)  組合の執行部、最高闘争委員会、組合幹部が党細胞の方針通りに動かない場合に於ては、之に同調しない組合幹部に対しアジビラ其他に依る手段を選ばない人身攻撃、大衆デモ等による圧力を加えて之を萎縮沈黙せしめて細胞の方針に従わせようとし既に組合の正式機関に依り決定されたことに対しても、それが党細胞の方針に沿わない場合には一方的見解を以て之を非難攻撃誹謗し大衆を党細胞の方針通りに動員せんとした。

(8)  以上の如き宣伝煽動の為、細胞機関紙及夥しいアジビラを作成し(後記引用のものは其の一例)常時之を作業場内に持込み、就業時間中と否とを問わず作業員に配布し或は所嫌わず作業場内に貼り付けて其の内容通りの宣伝煽動を為した。

(9)  又、アジビラ、細胞機関紙の持込、配布、貼付の方法自体も職場規律を無視するような手段に出た。例えば就業時間中に私用や党活動に従事する事は職制の責任者の許可のない限り出来ないのは当然であり(組合活動と雖も会社が労働協約によつて之を認めない限り同断であるが、解雇当時労働協約は失効中であり、その前の協約では会社の同意がなければ就業時間中の組合活動は出来ない事になつていた。)又、アジビラ、細胞新聞、其他の宣伝刊行物を作業場内に持込んで配布し又は作業場に貼布する事を許可せられた場合に於ても、業務命令上職制の責任者の許可した場所以外に貼布してはならない事になつていたにも拘らず、就業時間中に持場を離れて勝手に党活動を為し、許可を得ないで細胞機関紙、細胞作成のアジビラ等を常時職場に持ち込み、配布し、或は許可を得ないで所嫌わず之を貼りつけ、職制がはがせば、また貼る、いくら剥いでもまた貼る、と言うように、職場規律を無視して之を行つた。

日鉄細胞が以上の如き戦術を採つた事は理由冐頭に引用の尨大な諸証拠、殊に同細胞の名に依る夥しいアジビラ、細胞機関紙等の記載により明瞭に看取せられる。

而して右原告深田、辻、為国、松尾(喜久男)、渋谷、中尾、大津、水谷等の原告は右細胞の有力なる人物として屡屡細胞会議に出席し互に謀議し、且常時連絡し相呼応して、前記の如き戦術を具体化する活動を行つたもので其の部を例示すれば次の通りである。

第五の一、原告深田護は

本件解雇当時は被告会社運輸部鉄道課車輛係運搬工で日鉄細胞委員長の地位に在つた者であるが、昭和二十四年八月三十一日頃鋼材部より車輌支部に転入した直後同一職場に在る尖鋭なる党員を糾合して車輛細胞なる職場細胞を結成し自ら其の指導者となり、組合活動とは別個の立場から党活動に専念、此の為出勤率極めて悪く(後述の通り)勤務成績も不良で、従業員として職場規律に違反し職場攪乱的行動が多かつた。

其の一を示せば

(一)会社は昭和二十三年末頃より燃料不足の為熱管理と労働衞生的見地より綿密な研究を行い機関車用燃料として豆炭の使用を計画し、昭和二十四年七月より実行に移した。然るに深田等車輛細胞員は車輛支部へ配置転換後日も浅く当該職場に関する知識も無いのに拘らず一般従業員が此の豆炭の取扱に不馴れなのを奇貨とし、組合の正式機関の決定に依らず専ら党の立場から之を日常斗争の好餌として取り上げ、職制に対する反抗意識の挑発に利用し、細胞新聞「車輛細胞」名のアジビラ、細胞機関紙等のあらゆる宣伝方法に依り豆炭使用反対の執拗な運動を展開した。その一例をあげると八幡製鉄工場代表者会議準備会の名を以て「みんな聞いて呉れ、海の向ふの人殺しの為にどんどん俺達の職場で特需増産が強行されている。運輸の職場では石炭の代りに豆炭をたかせている。こんなもんで機関車が走るか、これが働いている者達の腹の底だつた。実際やつてみると今迄より二倍も三倍も働いてくたくたになり、おまけに肺病、皮膚病、結膜炎が続出、車はガタガタで毎日脱線事故が起り、週に一回人がひかれるか車がひつくりかえる。事故が起つたらどうだ、業績手当が文句なしに十円から二十円差つぴかれ、始末書までまき上げる。こないだ伍長が運転手をぶんなぐりやがつた。なぐり返したら係長が懲戒解雇だとぬかしやがる。珪素鋼板では仲間がクタクタになつてぶつ倒れると気合が足らんと言つてビンタを張られ、恩まで着せてこき使つている。俺達はもう我慢がならねえ、車輛の四支部共斗は起ち上つたぞ、毎日押しかけ、毎日掛長、課長に要求を叩きつけている。ええ腹が決まつたらぶつとめろ機関車を、一台だつて動かすんぢやねえぞ、これが車輛の合言葉だ」云々と記載した車輛細胞のアジビラを昭和二十五年九月十八日午前十時頃海岸出張所に於て多数従業員に配布し、その内容に見られる通り無根の事実乃至歪曲誇張の事実を以て会社及職制を誹謗し、従業員の会社職制に対する反感憎悪対立抗争意識を激成せんとし且前示の如き掛長、課長に対する圧力斗争、業務に対する非協力を示唆煽動した。(之に対しては組合の車輛四支部中央委員より以下の反駁文が発表された。即ち、「豆炭使用に依り肺病、結膜炎、皮膚病続出したと言ふのは事実に反する。又ガタガタ機関車で脱線するようなものは絶対に使つていない。之も事実無根である。

斯かる事は関連作業者に不安を与えると共に運転士と、火夫の技術を侮辱するものである。又一週に一回人がひかれる、機関車が引つくり返ると言うのも乗務員の責任感と技術を侮辱するものであり、関連作業者に脅威を与え黙認出来ない。又車輛四支部は起ち上つたと言うのも事実に反する。機関車をブツ止めろと言うのが車輛の合言葉だと言うのも事実に反し、そんな事は合言葉になつて居らぬ。細胞以外それを知つている者は一人もない。斯かる事は工場代表者の偽名の下に人心を動搖させ、職場攪乱を目的とするものであり、吾々の職場を侮辱するものである。云々。」斯くて組合の四支部代議員大会に於て車輛支部細胞の活動は職場を侮辱し大衆を攪乱し煽動するものであるとして同細胞の追放決議が為された。)(なほ被告会社は三万五千の従業員を有し工場は無数の職場に分れているので、同一会社内とは言え他の職場での出来事は殆んど判らない為事実無根の記事と雖も、他の職場の従業員が之を真実と誤信する危険は大きいのである。)

(二)右の通り昭和二十五年九月二十九日以降組合の車輛四支部代議員大会に於て職場よりの追放を決定されて後も「動輪号外」「大動脈」と称する車輛細胞名義のアジビラを職制の許可を得ず無断作業場に持込み之を配布して、事実を歪曲誇張した宣伝を行つて会社職制及車輛支部に属する組合幹部を誹謗して、是等に対する従業員の反感不信の念を激成せんとした。

(三)昭和二十五年九月二十日左記のビラ三百枚を職制の許可を得ずして無断職場に持込み同職場に於て其の一部を配布したのであるが其のビラの記載は「斗争体制は約四千票の差で否決されたが何故斗争体制賛成に投票した者もあるか。特需生産でブツ倒れる迄にコキ使われている硅素鋼板や軌条の従業員、二倍の仕事を押し付けられた修炉などの票を見ろ、戦争協力の低賃金労働強化職制の横暴に甚え切れなくなつたからだ、云々。悪質民同と其の同調者は彼等の所属せる民同グループから「斗争体制を否決せよ」と叫ばせて会社を喜ばせたが、悪質民同は何故こんな見えすいた裏切迄やらなければならないか、職場の不満は抑えられぬ迄高まつて来たからだ。組合をつぶさなければ俺達を戦争に引きずり込む事が出来ないからだ。つまり国際独占資本と直結して戦争協力の分裂策動をやつているのだ。直ちに職場から斗いを盛り上げよう。サア職場要求で団体交渉だ。課長と会おう。掛長と交渉だ。坐り込んでもやろうぜ。デモで応援しろ云々」とあり。会社の鉄鋼生産への協力が直ちに戦争への協力となり其の為極度の労働強化となつている旨を歪曲誇大に宣伝し強いて反戦と結びつけて特需生産に対する非協力を示唆煽動し従業員の作業意欲の減退生産の低下を企図し、且斗争体制は組合に於て否決された直後なるに拘らず組合とは別個の立場から前認定の如き細胞員を中心とする一部従業員の職制への圧力抗争を煽動し

(四)昭和二十五年十月十一日朝被告会社の東門跨線橋上並に東門道路上に於て「俺達の工場を兵器廠にするな」云々と記載し「戦争の道具を作る為に八幡製鉄製鋼部の労働者は極度に劣悪な労働条件下に二倍も三倍も労働を強化されているのに戦争の為に生産計画は益々増大し労働は愈々強化されている。居残つても給料は少いし職制はいばりやがる。もうためらう時ではない。俺達の要求を職制にブツつけて彼等の陰謀を粉碎せよ、俺達の工場を兵器廠にするな云々」と記載した日共八幡製鉄細胞名義のアジビラを従業員に配布し之と同一内容をメガホンで叫び、プラカードに記載して振り廻わし、「戦争の道具を作る為の生産に」協力するなとの趣旨を暗示して特需生産に対する非協力を示唆煽動し且従業員の作業意欲の減退職制に対する反抗意識の激発を企図した宣伝煽動を為し

(五)昭和二十五年十月十六日午前七時十分頃車輛係海岸出張所に於て日本共産党八幡製鉄細胞名義の「平和の為に要求をブツツケロ」と題するアジビラを従業員に配布し其の内容に見られる通り「八幡製鉄の兄弟諸君、組合の民連最高幹部の一人古俵氏は、選挙演説で八幡製鉄の生産はすべて軍需品だ。だから我々は喰う為には軍需品と雖造らぬわけには行かぬ云々と言つた。だが兄弟諸君軌条では災害が続出し人手不足が甚だしくなつている。六分塊では電機運転の兄弟が手すりが無い為落ちて死んだ。二三大形では凄い滞貨で業績手当は上らず生産は益々増加される一方だ。

海岸運輸では軍命令だと言つてレール積出しに十二時間徹夜作業でやらせている。二厚板では労働強化で山積みにされた鋼塊がすべり落ちそうで危険だ。而もすべての生産工場では全く戦時中のように今日も新記録今日も新記録だと我々を煽り立てている。その癖業績手当はどうだ。生産補償金はどうだ。兄弟諸君。我々が、此の戦争のもたらす苦痛に対して斗い、特需手当を要求し、点数の幅を縮めろと要求し、設備の改善を要求し、人員補充を要求し、市民税会社負担を要求し、原爆禁止を要求して斗う事が会社や吉田を手先とする内外独占資本家共が企む戦争を向うに押しやり祖国日本を原爆の恐怖から救うことになるのではないか、其のたたかいが一円でも十円でも高くつく兵器を造る事になり、一発の砲弾一台の戦車を減らす事になるのではないか、之が戦争を遠くへ押しやる事であり同時に我々の生活を守る事でもあるのだ。云々」と朝鮮の戦争が直ちに労働者に極度の労働強化と苦痛を与えている事を誇大に宣伝した上(理由冐頭引用の証拠によると細胞員が如何に居残り作業反対を強調しても従業員中には却つて居残り作業による手当の多い事を歓迎する者が少くない事を細胞員自身が慨嘆している事実を認め得る)被告会社の特需生産に協力する事は内外独占資本家共が企む戦争に協力する事であり之に協力しない事が戦争を遠くに押しやり労働者の生活を守る事である旨を強調して従業員の特需による会社業務への非協力を示唆煽動し、且作業意慾の低下を企図する宣伝を為し、

(六)昭和二十五年九月二十日午後三時四十分頃高見電車庫及高見本庫に於て「軍需生産やめろ、職制いばるな、脅迫するな、機関車をぶつとめろ」の見出しで書いたアジビラを持込み多数従業員に配布し鉄鋼生産に対する非協力を煽動した。

(七)深田の職場である給水場の勤務は若し一人が無断欠勤すると代替の為他から補充せねばならぬ為、作業の運営人員の配置にも非常な手違を来すところ、深田は党活動に専念する余、出勤率極めて悪く、昭和二十五年八月中は十一日、九月中は十七日、十月中は三日間しか出勤せず、且就業時間中にも党活動の為自己の持場を放棄して職場内外を徘徊し、責任者より注意されても改めないので、補充の作業員を要し作業に支障を来さしめた。

(八)職場規律に違反する行動が多く、

(イ) 深田の所属する運輸課車輛係運搬工の職場に於ては作業員配置基本員数に依れば運搬工一勤務当り機関車三台に石炭、水、砂を入れるよう定めてあるに拘らず、昭和二十五年六月頃深田は他の作業員三名に対し「砂入れは居残り作業である旨掛長と話合が出来ている」と虚偽の事実を云い含めて砂を入れず、此の為其後の作業に著しい支障を来さしめた。

(ロ) 昭和二十四年九月三日軌条工場に於ける配置転換問題に際し掛長は予め組合支部委員会及同工場の経営協議会に之を諮り、深田本人も組合支部青年部長として同席し、他の者と共に配置転換のやむなき事を了承し、人選は掛長に一任する事として既に決定されたに拘らず、人選の発表に依り本人自ら転出に該当する事判明するや俄かに態度を変えて之に反対、中西外五名の党員と相図つて配置転換拒否を主張し、遂に組合支部大会を開かしめ本人等の転出を承認した組合支部長以下支部役員の不信任を鳴らし、他の党員等数名と共に一時間順次早退運動を強行する等問題を極度に紛糾せしめ一時作業放棄に至らんとしたが他の従業員の努力に依り漸く之を防ぎ得た。

(九)  就業規則に依りアジビラ、細胞機関紙等印刷物の職場内への持込配布については職制の許可を要し、又被告会社内に於ても他の職場への立入については職制の許可を要するに拘らず、

(イ) 昭和二十五年二月頃の午前七時頃他工場である高見電車庫作業員休憩所に無断侵入し、ひそかに党機関紙アカハタを勝手に他人の更衣箱に差入れ偶々責任者に発見され注意されるや「掛長の許可を得ている。文句があれば掛長に言え」と偽り配布した。

(ロ) 昭和二十五年八月三十日午後四時頃、他工場である高見電車庫作業所休憩所に無断侵入「労働者新聞」をひそかに他人の更衣箱に差入れ配布したが、偶々帰つて来た作業員二名が之を誰何し無断で更衣室に侵入した事を咎めたところ何等監督員の許可又は了解を得ていなかつたに拘らず「監督員の許可を得ている」と偽つた。(之が為右の作業員は監督員に対し作業員の不在中更衣室内に入る事を許可した監督員を責め食堂番常置の要求を提出する等の紛議を生じた。)

(ハ) 昭和二十五年九月十八日午前十時頃海岸出張所に「工場代表者会議準備会」の名に依る虚構歪曲の事実を記載したアジビラ「もうがまんならねえ、みんな集れ」(前述(一)参照)を無断持込配布した。

(ニ) 昭和二十五年九月二十日午後三時四十分頃高見電車庫及高見本庫に無断侵入し「軍需生産やめろ、職制いばるな、脅迫するな、機関車をぶつとめろ」の見出で書いたアジビラ(前述(六))を高見本庫、電車庫、海岸出張所に無断持込配布した。

(ホ) 同日午前十時頃にも就業時間中に拘らず車輛係海岸出張所給炭台下に於て「動輪号外一九五〇、九、一八車輛細胞」を無断持込配布した。

(ヘ) 以上の外にも就業時間中に前示日鉄細胞の戦術に沿う記載ある矯激なアジビラを無断で職場に持込み、或は他の職場に無断侵入し勝手に之を配布する等就業時間中の党活動を行い、又作業場内の、所定の場所以外に許可を得ないで之を貼布し、職場の上長に於て再三再四注意しても、何度剥がしてもまた之を貼り、剥いでは貼り剥いではまた貼ると言う風で執拗に職場規律無視の行動を続け、ビラの無断持込につき保安係員より注意を受くるや「我々は就業規則を否認している」と答え或は職場に於て就業時間中なるに拘らず機会を捉えて党活動の為のアジ演説を行い、或は就業中の従業員を利用してレポ活動を行う等、細胞活動に熱心な余、就業時間内なる事も、職場規律、職場秩序も無視して前示八幡製鉄細胞の戦術たる日常斗争と党活動に専念し職場の秩序を紊すに至つた。

第五の二、渋谷勝は

(一)本件解雇当時は被告会社の製鋼部第三製鋼課瓦斯発生炉工であつたが、昭和二十五年九月党員竹下繁治と共に日共細胞の指導する三製鋼統一委員会を組織し(三製鋼を代表するかの如き名称を附しているが実際は党員及同調者による数名のグループに過ぎない事は、後述組合の批判した通りである)自ら其の委員となつて之を指導し、同年九月十日付の機関紙「あらし」第一号を発行したが、右第一号には「職制と工員とを差別待遇するな」と題し『工員食堂の下にある浴場は排水であるが職員の入る浴槽は澄み切つた水である。之に対して工員は皆不満を持つている。某氏は言つている。「職員と工員の差別をつけて貰いたくない。又非常に人が多い為に足の踏み場もない有様である。お湯は人間の油とよごれでドロドロになつている。美しい職員の浴槽に入れて貰ふ為には居残り迄しなければならない。」こう語つている。此の事についてA氏は「全く非衞生も甚だしい、三製鋼職制の不真面目さが判る」更に某婦人語る。「朝風呂に行つて見ると風呂の中には泥が一杯下に溜つている。勿論私達の外に職夫の人達も這入るのであるがその上男子の人達迄這入つて貰つては私達の方がたまらない。這入らないように戸を閉めて居るのだが叩きこわしてある。絶対に這入らないようにして戴き度い」此の事につき男の人が「婦人の風呂に這入るのは悪いが併し之も男子の風呂が狭く汚い為である。私達は一緒に風呂場の拡張を主張すべきである。云々。」更に「従業員は職制の圧迫労働強化の為に極度に身体が疲労している為従業員の大部分は運動会に反対し映画に賛成している。我々は斯様な職制の圧迫と低賃金下に於て奴隷的に酷使されて益々生活は苦しく追込まれている時に運動会は到底望めない。」云々。』と事実を歪曲し誇張して会社及職制を誹謗した記事を掲載して従業員に配布し、従業員をその通り誤信せしめて会社及職制に対する反感憎悪を激成せしめんとした。(之に対し労働組合の三製鋼支部青年部長は右記事の内容が余りにも事実と相違している事に憤慨、青年部を代表して、「極左分子発行の「あらし」について」なる声明書を掲示板に掲示し、「三製鋼統一委員会なるものは労働組合の三製鋼青年部とは何等の関係なきものであつて一部共産党員及同調者による三、四名のグループにて構成され常に破壊的言動を為している。「あらし」中の風呂場の一件(一例)もさうであつて事実を誇張して宣伝する此の統一委員会発行の「あらし」こそ労働者の幸福破壊以外の何ものでもない。云々。」と批判している。)

(二)斯様に労働組合の三製鋼支部青年部から痛烈な批判を受けたに拘らず依然として其の態度を改める事なく同様の宣伝煽動を継続した。例えば同年九月十日付の「あらし」第二号を以て朝鮮事変の発展に伴う労働強化。職制の圧迫等を誇大に掲載宣伝した上、同年十月十五日頃三製鋼統一委員会の名を以て「ガス発生炉の兄弟諸君へ」と題するアジビラを職制の許可を得ず無断職場に持込み、就業時間中に之を配布し、その内容に見られる通り『「ああ、近頃は全く厭になつて来た」此の言葉はガス発生炉の兄弟の言つている事である。ここではさきに「あらし」第一号に紹介された通り身体が疲れる為運動会をやめ映画を希望した。此の事から如何に現在の労働が過重になつて来ているかが判る。ガスの兄弟諸君は、これではいけないと言う事も判つていながら之が表面化されないのは何故だろうか。ガス発生炉の兄弟諸君は、衞生の面でも人間の生命を縮めるガスの中で何時も先頭に立つて働いている。けれども一番不当な待遇を受けているのは諸君だ。古びた機械は何百年でも生命を保つだらう。併し人間の生命は此の間にどれだけ奪われたろう。最早黙つては居れない。俺達の要求を今こそ一つにまとめて交渉しようじやないか。云々。』と歪曲誇張の記事を掲載して会社職制を誹謗し之に対する従業員の反感憎悪を煽り且従業員の作業意慾の低下を企図し前示の如き職場斗争を示唆煽動し職場のトラブルを釀成せんとした。

(三)昭和二十四年十一月上旬午後六時頃被告会社の帆柱寮事務室に同細胞の原口、黒川外三名の党員と共に押掛けて寮務主任白石計一に対し、共産党帆柱寮細胞の名に於て十項目に亘る営繕関係の要求を突付け、同細胞の名に於て団体交渉を強要之に対し白石主任は寮生の自治機関を無視して一部党員の細胞の名による交渉には応じられぬと再三拒否したところ渋谷は其の理由を難詰し「各寮の細胞に連絡して大衆討議に附する」と多数党員によるつるし上げを暗示する脅迫的態度を以て之をつるし上げた。

第五の三、辻昭彦は

本件解雇当時被告会社の工作部第二工作課尾倉機械掛旋盤工であつたが、同人は被告会社内の職場細胞の中で最も戦闘的な強烈な細胞と称せられた日鉄尾倉支部細胞の指導的役割を果していた党員であつた。尾倉支部細胞は同細胞のみで一時は党員約三十名を数えた程であつて党員の集団威力の前には職制も全く指導統制力を失う程の状態であつた。例えばビラ貼りの一事について昭和二十三年、昭和二十四年頃の状態を見るに、作業場へのビラ等の持込や作業場内での其の配布貼布は職制の許可を要する事になつていたに拘らず細胞員は細胞ビラ、アカハタ等を無断で作業所内に持込み、就業時間中に指定の場所以外に所嫌わず乱雑に貼りめぐらし煽動的アジビラの展覧会の観を呈し、職制が制止しても肯かないで、剥がすとまた貼る。剥がしてもまた貼ると言う有様で他の組合員又は役付作業員が注意すると細胞員から総攻撃を受ける、それで役付、作業員も萎縮して沈黙すると言う有様であつた。而して是等のビラは前示日鉄細胞の戦術の基本線によつたもので歪曲誇張の事実を記載し従業員の会社に対する不信反感憎悪の念を激成せしめるものが多かつた。而して尾倉支部に於ては同支部細胞員を中心として、就業時間中に職制の許可を得ずして勝手に支部の集会を開く事が極めて多く、職制が作業に支障があるとして異議を述べると党員総がかりでつるし上げ、その上作業時間、休憩時間の区別を弁えず、休憩時間中は休憩すべし、集会は作業時間中に職制の反対を排除しても之を強行すべきであるとして職場規律を無視した行動が多かつた。時によると職場集会の為終日作業不能に陥つた事もあり、就業時間中に二時間三時間継続して職場大会を開く事も度々あつた。また細胞員は就業時間中に、フラク会議、支部細胞会議を開き之に保安係員が近付くと監視役がいて鐘を叩いて合図し、同係員が現場に行つた時は四散すると言う状況であつた。

而して原告辻昭彦は、此の職場細胞の指導的人物であり昭和二十五年六月、日鉄細胞(八幡製鉄細胞)委員会に於て同委員会委員兼宣伝工作部長に任ぜられ、更に同年七月同細胞総会に於て右役員任命を確認されたものである。而して同人は

(一)昭和二十四年五月頃から昭和二十五年十月頃迄党活動の為就業時間中無断職場を離れる事が多かつた、殊にアカハタ通信連絡員になつていたので一日に一回は就業時間中業務を放棄して食堂で他の党員と会合、時には半日位も職場を離れている事があつた。例えば

イ、昭和二十四年十二月十三日にも、午後一時から午後二時三十分迄尾倉機械作業員食堂に於て作業時間中なるに拘らず職制の注意を無視して無断組合支部青年部委員会に参加して職場を放棄し就業規則に違反し、

ロ、昭和二十五年八月十三日にも、就業時間中職制の許可なくして開かれた組合支部委員会に参加して職場を放棄し、就業規則に違反した。

(二)昭和二十五年十月十三日午前七時頃、党員亀田及石川外四名と相図つて入退門の従業員に対し、

(イ) 八幡製鉄細胞名義の「八幡製鉄は常に戦争で肥え太つて来たが労働者はその度毎に会社に酷使されてギセイになり幾千人死んで行つた。今また新しい戦争の臭がする。東条時代と同じように今度も軍命令だと我々を脅して基準法違反の徹夜作業をやらせ労働強化を強要しながら不合格品を横流しにして莫大な儲けをしている、欺されるな兄弟、会社は儲かるから外国の軍隊と一緒になつて戦争を起そうとしているのだ。戦争屋に儲けさせるな。戦争の為の労働強化はイヤだ。二億円を脱税した会社に俺達の市民税を払わせよう。云々。」と歪曲誇張の事実を記載したアジビラを配布して会社の特需生産に対する非協力を示唆煽動し、且従業員の会社に対する不信反感の念を激成し、従業員の生産意慾の減退を企図した宣伝、煽動を為し、

(ロ) その際同時に、前認定の八幡製鉄細胞の「勤労所得税会社負担の要求は権力斗争への大きな鍵である」とする戦術の基本線に沿い、賃金問題を強いて前項のビラ記載の「会社は儲かるから外国の軍隊と一緒になつて戦争を起そうとしている」との宣伝と結びつけ、「地方税全額会社負担の要求を会社が拒否したのは会社の参戦運動である。云々。」と事実を歪曲し会社を誹謗したアジ演説を行つて従業員の会社に対する不信反感の念を誘発せんとし、

(ハ) 更に其の際「敵は動搖している。即時追撃に移れ」と題し、真相を糾明せず何等事実を具体的に示さず唯「当時の組合幹部が労働者を裏切つて居り会社の鋼片課長は不正を行つている旨、及彼等が裏切りや不正を暴露されて大騷ぎをしている旨一方的見解」を記載した日共八幡製鉄細胞名義のアジビラを配布し、具体的事実が書かれていない為に却つて之を読む者に大きな不正裏切の事実ありとの感を抱かしめる記載のビラを配布して会社及職制を不当に誹謗し、従業員の之に対する不信反感の念を激発せんとし

(ニ) 更に其の際「保安係員の皆さんに訴える」と題する日共八幡製鉄細胞名義のビラを従業員に配布し、その記載内容に見られる通り、暗に保安係員としての職務の遂行について会社への非協力を煽動する如き言辞を記載した上「日本でも革命への情熱と行動は日本の植民地化が進むと共に組織されつつあり、製鉄に於ても特需生産に対する反撃は貴方達の考えや行動を乗越して行きつつある。此の事は貴方達保安係員の仲間の言動にも表現され、革命後の賞罰について心配して細胞に聞きに来る者が多くなつている事でも証明される云々」と暴力革命への組織化が高まりつつある事、保安係員が党に不利な行動をすれば革命後処罰せらるる事を暗示して保安係員の会社業務への協力を阻害する事を企図した。

(ホ) 同じく其の際日共八幡製鉄細胞名義の「水増し市民税は払えねえ」と題し、田中税務課長は市の予算では市民税收入は一億七千万円となつているが現在の令書で徴收すれば二億五千万円になると言明している。八千万円は水増しだ。三分ノ一は払わなくても市の予算は成り立つのに之を取ろうとしている事がバクロされた。然るに民同の諸君(当時組合の幹部及び組合員の多数派)は法律で定められた税金は払わねばならぬと労働者を欺して納税組合を作らせようと策動している。此の市民税の中から二億円をタダで八幡製鉄に貸してやつて軍需品を造らせているではないか、民同共がどう言おうとも貯金は下して了つた。払わんでもよいなら払わぬと共産党と進歩的労働者の処に相談に来ているではないか云々」と歪曲した事実を記載し八幡市当局及当時の組合幹部及会社を誹謗し、市民税不払を煽動した。(右は当時八幡製鉄細胞が強烈に推進した市民税反対斗争なる前認定の権力斗争の一環として為されたものであるが、当時同細胞の市民税反対斗争に対する煽動は細胞組織の力で職場内及職場外に於て強烈に行われた結果被告会社従業員中寮生の徴税令書一括返上問題に迄発展、既に市会に於て承認され納税者に申告をさせつつあつた際とて三万五千の従業員中に斯かる組織的且大規模な反税運動の伝播する事は八幡市民及市当局市会の看過し得ないところとして大問題となり会社としても一般市民、市会及市当局に対する立場上黙過出来ない重大関心事となつた。被告会社の如きは其の経済的社会的地位から言つて単に営利事業のみに終始すれば他を顧みる要なきものではなく、一の社会的存在として八幡市民及八幡市当局に対して社会的義務を負う一面ある事は之を否定出来ないところであつて其の一般従業員に対し納税義務の否認を強烈に煽動しその不払を組織の力で実行せんとする右原告等の行為に対し従業員として不適当な一理由として会社が関心を持つに至る事も之を不当とは言い得ない)

第五の四、松屋喜久男は

本件解雇当時、被告会社の動力部動力課枝光電力掛の汽罐工であつた。同人は昭和二十二年六月三十日旭ガラス株式会社を整理され経歴を詐称して被告会社に入社した者であつたが、八幡製鉄細胞の指導的人物の一人となり入職後は党活動に熱中する余、出勤率極めて悪く出勤しても職場を離れて党活動に専念する事が屡々であつた。

(一)昭和二十五年二月十四日午前七時二十分頃から被告会社の北社員通用門南側広場に於て、前述八幡製鉄細胞の基本戦術による宣伝文を記載した日共八幡製鉄細胞名義の数種のアジビラ例えば

(イ) 「俺達の生活をブチこわす為に職場は監獄の様になつている。工場の中で俺達をもつと搾ろうと言うので会社は新給与案をさえ計画している。会社は諸君に毒薬を飮ませようとして新給与案を準備している。職場はインウツだ。工場は監獄になつて了うぞ。俺達の工場を戦争をやり度がつている奴等の自由にはさせぬぞ」

(ロ) 「諸君の斗争は全日本を搖り動かす歴史的斗争に発展した。今こそ世界の戦争挑発者たる外国独占資本家共に媚を売り其の為我々の給料を切り下げ植民地的奴隷労働者を作ろうとする売国奴共に一大痛棒を与えよ、英雄的日鉄三万五千の労働者諸君、軍需生産をボイコツトした輪西兄弟に負けるな、云々。」

と記載したビラを配布し、会社は戦争挑発者の一味で売国奴で、戦争挑発者たる外国独占資本に媚を呈する為植民地的奴隷労働を強制し、職場は監獄の如くなつている。云々と、歪曲誇大の宣伝を以て会社を誹謗し、従業員の会社及職制に対する反感、憎悪、敵対感情を激成し、従業員の作業意慾の低下を企図し且被告会社の業務たる特需による鉄鋼生産のボイコツト等会社業務への非協力を示唆煽動し、

(二)更に昭和二十五年二月二十四日頃被告会社の北門に於て従業員に対し「八幡を軍需工場にするな、職場の植民地化反対」等前同様被告会社の業務たる鉄鋼の特需生産への非協力を煽動し、従業員の作業意慾の低下を企図した八幡製鉄細胞名義のアジビラを配布し其の趣旨の宣伝煽動を為し、

(三)更に翌二十五日も前同所に於て、「八幡製鉄を軍需工場にするな、職場の植民地化反対、八幡の軍需工場化反対」等前同趣旨の内容を記載した同細胞名義のアジビラを従業員に配布して前同趣旨の宣伝煽動を為し、

(四)昭和二十五年十月八日午前八時十分頃、就業時間中なるに拘らず、且職制の許可なくして、勝手に、他工場である第二製鋼工場に到り、八幡製鉄細胞名義の「製鋼部の兄弟諸君に訴う」と題し、戦争の為の労働強化を誇大に宣伝し「俺達の工場を兵器廠にするな」「戦争の道具を作る為の労働強化反対」等被告会社の業務たる特需による鉄鋼生産への非協力を煽動し従業員の作業意慾の低下を企図したアジビラを多数配布し以て其趣旨の宣伝煽動を為し

(五)昭和二十五年十月十三日被告会社の北門に於て八幡製鉄細胞名義のアジビラ多数を従業員に配布したが右ビラには暗に保安係員としての職務の遂行について会社への非協力を示唆煽動する如き言辞を記載した上「日本でも革命への情熱と行動とは日本の植民地化が進むと共に組織化されつつあり、此の事は貴方達保安隊係員の仲間の言動にも表現され革命後の賞罰について心配して細胞に聞きに来る者が多くなつている事でも証明される云々」と記載しあり、暴力革命への組織化が高まりつつある事、保安係員が細胞に不利な行動をすれば革命後処罰せらるる事を暗示し、保安係員の会社業務への協力を阻害せんとする趣旨のものであつて原告松尾は之を配布する事によつて同趣旨の宣伝煽動を為し、

(六)昭和二十五年十月十六日被告会社北門に於て、十月十五日付の八幡製鉄細胞名義のアジビラを従業員に配布し、其の内容に見られる通り「八幡製鉄の兄弟諸君、民連最高幹部の一人古俵氏は選挙演説で八幡製鉄の生産はすべて軍需品だ。だから喰う為には造らぬわけには行かぬ。云々と言つた。だが兄弟諸君、軌条では災害が続出し人手不足が甚だしく六分塊では電機運転の兄弟が手すりが無い為に落ちて死んだ。二三大形では凄い滞貨で業績手当は上らず生産は増々増強される一方だ。海岸運輸では軍命令だと云つてレール積出に十二時間徹夜で作業をやらせている。二厚板では労働強化の創立以来の最高記録を出し、七分塊では山積された鋼塊がすべり落ちそうで危険だ。而もすべての生産工場で全く戦時中のように今日も新記録今日も新記録と我々を煽り立てている。而も業績手当はどうだ。生産補償金はどうだ。兄弟諸君、我々が此の戦争の為生産がもたらす苦痛に対して斗い、特需手当を要求し、生産報償金を要求し、業績手当の引上を要求し、設備の改善を要求し、人員補充を要求し、市民税会社負担を要求して斗う事が、会社や吉田を手先とする内外独占資本家共が企らむ戦争を向うに追いやり、祖国日本を原爆の恐怖から救うことになるのではないか。その争いが一円でも十円でも高くつく兵器を作る事になり、一発の砲弾、一台の戦車を減らす事になるのではないか。之が戦争を遠くへ押しやる事であり同時にまた我々の生活を守る道でもあるのだ」と、故ら戦争反対に結びつけて被告会社の業務たる特需による鉄鋼生産への非協力を示唆煽動し、且従業員の作業意慾の低下延いて生産の低下を策し、

(七)昭和二十五年六月三十日被告会社の二厚板工場配置転換反対応援の為と称し、枝光電力細胞及青年部員を伴つて昼休中より戦制の許可を得ないで勝手に他工場たる二厚板工場に赴き(その集会も就業時間中職制の許可なく開かれていたもので自己の職場に関係なき職場集会なるに拘らず)掛長のつるし上げを行う等職場大会を極度の混乱に陥入れて休憩時間を超過し午後二時三十分過漸く自己の作業場に帰り、その間自己の職場を放棄して職務を怠り職場の規律を紊した。

(八)昭和二十四年十月下旬、会社は国内の経済状勢上企業合理化の必要に迫られ、此の為業務命令に依り第二製鋼、製銑、二厚板、ストリツプ工場へ、枝光電力より過剰人員九名の配置職換を命じたので、従業員の代表と職制の代表とを以て組織する運営協議会も之を承認、人員選定については掛長古賀秀一に一任したので同人に於て人員を選定して発表と同時に過乗人員の配置転換のやむなき理由を更に一般従業員に説明して賛成を得たのであるが、松尾は党員西原喜一郎、同道野徳男の二名と共に最後迄頑強に配転に反対し、配置転換の実施に支障を来さしめた。

(九)党活動に熱中する余、出勤率極めて悪く、出勤しても、細胞ビラの配布、他の細胞員との連絡謀議等、党活動の為職場にいない事が多く、党活動の為入職したの観ありと称せられ、又職制に反抗し、職場秩序を無視する事が多かつた。昭和二十五年十月以降は出勤しても全然職場にいない為、同年十月十二日係の組長より掛長宛に戒告方申出があつたので古賀掛長が同人を呼び出して九日以後職場にいないのは何故か、何処へ行つていたかと尋ねたところ、松尾は反抗的態度を以て「貴方なんかに答える必要はない」と言い掛長が労務管理の責任上訊ねなければならぬと重ねて尋ねても遂に答えなかつた。

右の事例からも察せられる通り松尾は平素から職場の秩序を無視し職制の責任者に対し反抗的であつたが、更に他の事例をあげると就業時間中の職場集会、組合活動等については職制の許可を得なければならない事になつているのに、昭和二十五年十月二十四日掛作業員休憩所に於て開かれた組合支部演説会に於て掛長の承認した時間も経過したので、掛長より是以上の時間延長は作業に支障を来す故再度の延長は認め難いと注意したところ、松尾は「掛長に演説会中止の権限はない」と喰つてかかり、掛長の処置に反対、職場の秩序を無視する態度に出た。

(十)就業規則上ビラ等の作業場内への持込配布は職制の許可を得なければならず又他工場への立入についても職制の許可を要する事になつているに拘らず、屡々八幡製鉄細胞のアジビラ等を無断で作業場内に持込んで配布し、又は他工場内に無断で侵入して之を配布した。その二、三の事例次の如し。

(イ) 昭和二十四年八月頃、及昭和二十五年九月頃、数回に亘り枝光電力細胞のアジビラ多数を無断で工場内に持込み就業時間中職制の許可を得ないで他の従業員に之を配布した。

(ロ) 昭和二十五年十月七日午前八時十分頃、及翌日午後十二時前後頃就業時間中許可なく他工場である第二製鋼工務係食堂に侵入し細胞機関紙「ハガネ」及「製鋼部の兄弟諸君に訴う」と題する細胞のアジビラ多数を従業員に無断配布した。

第五の五、為国輝夫は

被告会社の工作部ロール課ロール旋削掛検査工であつて、昭和二十三年八月八幡製鉄細胞全体会議に於て同細胞の中原旋削係細胞の党指導部員に任ぜられ、更に昭和二十四年五月八幡製鉄全党員会議に於て八幡製鉄細胞委員候補に任命された。

(一)同人は常に党細胞会議に出席して党の戦術につき謀議し他の党員と連絡し細胞のビラを配布する等党活動に熱中する余、党活動の為屡々上司の許可なく職場を離れて無断作業を放擲し此の為勤務成績不良であつた。

(二)昭和二十四年七月八日発行の細胞機関紙「スクラム」は「人民政府の樹立」をモツトーとして大きく掲載、更に「此の様な奴隷化、植民地化政策に対しては時を争うている場合ではない。一にも二にも権力への斗争のみが我々に残されているのである。総ての人民を統一してあらゆる斗いを権力に結集せよ。それのみが真の独立を守り我々の自由を守るものであり民主人民政府の樹立への道である云々」と記載し、革命に依る政権の掌握、人民政府の樹立、其の手段としての職場に於ける権力斗争を宣伝煽動しているが、為国はその頃之を職制の許可なく工場内に持込み就業時間中に青年に購読を強要し以て其趣旨を宣伝する等党活動を為すと共に食堂に無断之を貼布し以て右記載内容の宣伝を為し、

(三)昭和二十五年二月二十二日午前七時より八時迄の間に、被告会社中原門外に於て党員中西俊文と共に「みんなこれでよいか」と題したビラ即ち「内原組合長のGHQ日参や会社幹部との相談は、其の都度組合員の知らないようなスト中止とか二千円が出たとか報導された。斯う言う事で一諸に連合会本部で書記がエタイの知れぬ茶を呑まされて卒倒しかかつたり、ストに入つた残りのものを労働強化させてフラフラにさせ、均熱炉で労働者を焼き殺したりする会社のやり方は連合会のスト打切りの指令をめぐり誰が味方で誰が敵かをハツキリさせた。」云々と記載し、無数に分れている被告会社の工場では他の工場での出来事が容易に判明しないのを利用し、当時自らの過失で死亡した工員があつたのを恰も会社或は職制の非道なるやり方によつて焼死するに至つたかの如き印象を与えるよう歪曲して記載し、又会社が疲労の為作業員が卒倒しそうになる迄酷使している如く歪曲誇張して従業員の会社及職制に対する反感憎悪敵対意識を激化せしめんと企図したアジビラを従業員に無断配布して其内容を宣伝し、

第五の六、中尾貞敏は

化工部鉱滓課ドロマイト掛焙焼工であつて八幡製鉄細胞中の一枝細胞のキャップとして其の指導的地位に在る党員であつた。常に細胞会議にも出席して前示八幡製鉄細胞の基本戦術に沿う日常斗争及宣伝活動を活溌に行つて来たが

(一)職場に於ては薬真寺、水谷、江藤等各党員と共に細胞活動に専念し、党活動に極めて熱心であつた反面作業に対しては熱意乏しく、

(イ) 作業の都合上、どうしても残業しなければならない必要が生じた場合にも之に協力せず、残業は労働強化だと称して之を拒否した為同掛では屡々作業に支障を来し責任者は其の取扱に困却した。

(ロ) 昭和二十五年十月初頃、セメント掛休憩所で組合支部の青年部会があるので青年部員を三名出席させて呉れと職制に申出たが、職制の方では、就業時間中に持場を離れる事となるので三名行くと作業に支障を来す故一名だけ行くようにと言つたところ原告中尾は之に立腹し「俺は仕事をしない」等と暴言を吐いて反抗し作業に対する非協力的態度を示し、

(ハ) 同月十一日八幡製鉄細胞は豊山八幡神社境内に於て集会を開き原告中尾の勤務する枝光石灰工場の党員にも出席するよう指令が来たのであるが、其の日は欠員が多かつたので出席させると作業に支障を来す為、職制より出席するのを止めて呉れと言われたのに立腹し、「何故行かせないか、俺は仕事はせん」と言つて職制に喰つてかかり、結局行く事はやめたが非常に能率を下げた仕事しかしなかつた。

(二)平素職制の作業上の命令等を軽視して「生産は我々の手で管理せねば駄目だぞ」と屡々放言し、工場の経営組織を変革し職制の指揮命令を排して工場を労働者の共同管理に移すべき事を示唆し、職制に対する反抗的言動が多かつたが、昭和二十五年七月頃サンマータイム実施の為枝光石灰工場では作業の都合上十二時より十二時四十五分迄となつている昼休み時間を繰り上げ十時三十分より十一時十五分迄として貰う為、同工場責任者が東門の保安係に交渉に行つたところ、中尾は党員江藤と共に無断で交渉席上に押し掛けて行き右交渉を妨げ之を打壊した為、作業と休憩時間の調和が取れず作業に支障を来した。

(三)昭和二十五年六月十五日、水谷義、江藤義彦等と共謀し、就業時間中にも拘らず持場を離れ、セメント掛員休憩室に現場掛長二名を呼寄せ、課内野球大会に課長、掛長が出席しなかつたと些細な事を理由に従業員約百名の面前で「掛長の資格なし」「責任を取れ」等暴言詰問し、二時間に亘り危害を加えかねない状態でつるし上げを為し、之に恐れた掛長を陳謝するに至らしめ、就業時間中の職場秩序を紊した。

(四)昭和二十五年九月頃にも薬真寺、江藤、水谷等の党員と共謀し、就業時間中なるに拘らず勝手に持場を離れて課長に面会を強要し、何等組合の承認も得ないで独自の考えで課長に対し、業績手当増額問題やセメントの出荷に伴う労働強化反対、増員要求等に藉口し之に対する処置は課長の一存では出来ない事を知りながら、一方的に「責任を以て即答しろ」「課長責任を取れ」其他脅迫的言辞を以て約一時間に亘つて課長に対するつるし上げを行つた。

(五)就業規則上作業場内へのアジビラ其他宣伝刊行物の持込配布は職制の許可を要する事となつているに拘らず職制の許可を得ずアジビラ細胞機関紙等を無断作業場内に持込み之を他の従業員に配布する事多く、昭和二十五年四月頃より日野仁外数名の党員を糾合して一枝細胞を組織して自ら其の指導者となり、細胞機関紙「いちえだ」を発行し、之に歪曲誇張の事実を記載して前示八幡製鉄細胞の基本戦術に副う如き会社及職制を誹謗し或は従業員の作業意慾を減退せしめる事を企図した記事を掲載配布した。

(一例として、昭和二十五年七月二十五日付の「いちえだ」を見るに、

(イ) 「ゾーキンよこせ、寮掃除婦さんの要求」なる見出しの下に、一枝二寮の掃除婦さんは「前にはゾーキンは会社から呉れていたが、此の二ケ月程前から全く支給されず、仕方がないので家から布切れを探して来て掃除しています。おかげで子供達の衣服の破れをつくらう布切れさえなくなり全くたまりません。支給して呉れるよう要求したいのですが、事務所の人がコワクて」ともらしている云々。

(ロ) 硅素鋼板部の山口工員が作業中に過つて煽風機に手を挾まれ拇指に負傷した事実があつたが、本来硅素鋼板部は他の部門に比較して身体を労する作業の多いところであるから右の負傷と身体の疲労とは無関係とは言えないが、それのみが原因とは言えない事は自明であるにも拘らず、同日付の細胞機関紙「いちえだ」は直ちに此の事実を取り上げて故ら労働強化と結びつけ「山口氏重傷す、労働強化の犠牲」なる見出しの下に大きく報道し、会社が合理化と称して安い値段で鉄を作つて輸出する為労基法に違反し労働者にヒドイ労働強化を押しつけているところに災害事故急増の原因があり、山口氏負傷の場合も労働強化の犠牲であると言われている旨誇大に報道し、恰も会社が労基法に違反して労働者を酷使した事のみが右負傷の原因であるとの印象を与えるように悪意の筆致を以て誇張した記事を掲載している等。)

第五の七、原告大津博は

製鋼部第一製鋼課平炉掛分析工で、昭和二十四年五月日鉄全党員会議に依り細胞委員候補となり常に細胞会議に出席して党活動に熱中し最も戦斗的な党員の一人として活躍した者であるが、

(一)従業員は職制の許可なくして他工場に立入り他工場の作業に手出しをする事は禁ぜられていたに拘らず、昭和二十三年十月斗争の時第二製鋼の平炉では保安の為組合の指令通り最低操業をしていたところ、原告大津博は何等組合の指令に依らずして勝手に第二製鋼課作業場に立入つて作業制限が手ぬるいと言つて、其の作業に経験もないのに拘らず平炉のガス加減弁を閉塞した。又ガス掛員に「ガスの送込みを止めよ」と勝手に指令を出して保安作業を妨害した。

(二)会社の生産する鉄鋼の一部がたとえ朝鮮事変に於て米軍の軍需品となるにせよ、被告会社の従業員として留まる限りは、会社の生産業務に協力する事は従業員としての義務なるに拘らず、特需による生産に反対し、昭和二十五年十月十六日午前七時より八時迄の間に被告会社の北社員通用門前広場に於て八幡製鉄細胞名義のアジビラを従業員に配布し其の内容に見られる通り「八幡製鉄の兄弟諸君、組合の民連最高幹部の一人古俵氏は選挙演説で八幡製鉄の生産はすべて軍需品だ。だから我々は喰う為には軍需品と雖造らぬわけには行かぬ。云々と言つた。だが兄弟諸君、軌条では災害が続出し人手不足が甚だしく六分塊では電機運転の兄弟が手すりが無い為落ちて死んだ。二三大形では凄い滞貨で業績手当は上らず生産は益々増加される一方だ。海岸運輸では軍命令だと言つてレール積出しに十二時間徹夜作業をやらせている。二厚板では山積みにされた鋼塊がすべり落ちそうで危険だ。而もすべての生産工場で全く戦時中のように今日も新記録今日も新記録だと我々を煽り立てている。その癖業績手当はどうだ。生産補償金はどうだ。兄弟諸君。我々が此の戦争のもたらす苦痛に対して斗い、特需手当を要求し、点数の幅を縮めろと要求し、設備の改善を要求し、人員補充を要求し、市民税会社負担を要求し、原爆禁止を要求して斗う事が会社や吉田を手先とする内外独占資本家共が企らむ戦争を向うに押しやり祖国日本を原爆の恐怖から救うことになるのではないか、其のたたかいが、一円でも十円でも高くつく兵器を造る事になり、一発の砲弾、一台の戦車を減らす事になるのではないか。之が戦争を遠くへ押しやる事であり同時に我々の生活を守る事でもあるのだ。云々」と朝鮮の戦争が直ちに労働者に極度の労働強化と苦痛を与えるのみで労働者に何等の利益をもたらさない事を誇大に宣伝した上(理由冐頭引用の証拠に依ると細胞員が如何に居残り作業反対を強調しても従業員中には却つて居残り作業による手当の多い事を歓迎していた者も少くない事を細胞員自身が慨嘆している事実を認め得る。)被告会社の特需生産に協力する事は内外独占資本家共が企らむ戦争に協力する事であり之に協力しない事が戦争を遠くに押しやり労働者の生活を守る事である旨を強調して従業員の会社業務への非協力を示唆煽動し、従業員の作業意慾の低下、延いて生産の低下を企図する宣伝を為し、

(三)昭和二十五年十月十八日午前七時三十分頃被告会社の北門に於て八幡製鉄細胞のアジビラを従業員に配布し其の内容に見られる通り「八幡製鉄は常に戦争で儲けて戦争で肥え太つて来たが、労働者は其の度に犠牲になり幾千人の兄弟達が死んで行つた。兄弟諸君、今また新しい戦争の臭がする。東条時代と同じように今度は外国の軍隊と入れかえて軍命令だと吾々を脅して労働強化を強要しながら基準法違反の徹夜作業をやらせ、而も其の蔭で会社は不合格品を横流しして莫大な儲けをしているのだ。欺されるな兄弟、奴等は戦争で儲けているのだ、もうかるから外国の軍国主義と一緒になつて戦争を起そうとしているのだ。戦争屋共に儲けさせるな。人殺しの為の特需生産には手当を出させよう。戦争の為の労働強化はイヤだ。二億円を脱税した会社に俺達の市民税を払わせよう。云々」と歪曲誇張の事実を以て会社の特需による鉄鋼生産への非協力を示唆煽動し、従業員の生産意慾の低下、従業員の会社に対する反感憎悪の念の激成を企図する宣伝をなし、

(四)昭和二十五年十月十日「俺達の工場を兵器廠にするな」云々と記載し戦争の為めの労働強化を誇張し被告会社の業務たる特需による鉄鋼生産に対する非協力を示唆煽動し従業員の作業意慾の低下を企図した八幡製鉄細胞のアジビラを職制の許可なく無断作業場に持込み配布しその内容に見られる通りの宣伝煽動を為し、

(五)昭和二十三年十月十五日八幡製鉄細胞員山崎敬、紫村薫、橋本恒雄等二十数名と共に二製鋼課長室に無断で押し入り製鋼課長には賃上等の権限なく、賃上等の交渉相手としては適当でない事を知りながら右二十数名で課長を取り巻いて吾々は現在の賃金では喰つて行けない、喰つて行ける賃金を要求する云々と叫んで「支部青年部名の決議文に署名せよ」と義務なき事を強要、課長が之を拒否するや「此の決議文に同意した事を認めよ」とか、「課長室は天井を張つたではないか、吾々の休憩所はどうして呉れるか」等強要を続け脅迫的態度を以て約二時間に亘り散々に課長をつるし上げた。

第五の八、原告水谷義は

(一)化工部鉱滓課セメント掛セメント工であつて党員薬真寺孝、中尾貞敏等と共に日共八幡製鉄細胞の職場斗争方針に従つて党の立場よりする前示日常斗争を活溌に行い、作業場内に於て就業時間中職制の許可を得ずして前示八幡製鉄細胞の基本戦術に副う如き過激な宣伝記事を会社の掲示板たると否とを問わず、職場に掲示し、或は同様のアジビラを無断他の従業員に配布する等、職場規律無視の党活動を続けるので昭和二十五年十月頃保安係員より注意を促したところ「自己の意思は曲げられぬ。此の事によつて追放されても致し方がない」と宣言して同様の行為を反覆し、

(二)鉱滓課内の党員薬真寺、中尾等八幡製鉄細胞員と共謀し機会を求めては従業員を煽動し課長、掛長に対し過激な言辞と脅迫的態度を以て長時間に亘りつるし上げる等職制に対し反抗的圧迫的行動を為し、前認定の八幡製鉄細胞の戦術たる職制に対する圧力斗争を活溌に行つたがその一、二の例を示せば、

(イ)昭和二十五年六月十五日就業時間中にも拘らず持場を離れセメント掛員休憩室に現場掛長二名を呼び寄せ、課内野球大会に課長、掛長が出席しなかつたとの些細な事を理由に従業員約百名の面前に於て「掛長の資格なし、責任を取れ」等暴言詰問し約一時間に亘り危害を加え兼ねまじき状態下に於てつるし上げを為し之に恐れた掛長をして陳謝するに至らしめ、

(ロ)昭和二十五年九月党員数名と共に職制の許可も得ず就業時間中持場を離れ、且組合の承認も得ず全く独自の見解で突如課長に面談を強要し、業績手当増額、セメント出荷に伴う過重労働反対人員増加要求等に藉口し、是等課長の一存では如何ともし難い要求につき「責任を以て即答しろ」、「課長責任を取れ」其他脅迫的言辞を以て約一時間に亘りつるし上げ前示第五の冐頭に認定した八幡製鉄細胞の基本線に沿う職制に対する圧力斗争を推進した。

而して右原告等八名の叙上の所為は之を理由に解雇されてもやむを得ないものであつたと言わなければならない。

いつたい、労働者は労働条件を自己に有利に決定せしめる為労働組合を通じて対等の立場で使用者に交渉し、また此の目的達成の為組合の正式機関の意思決定に基き正当な争議手段に訴えることも自由であるが、一旦労働条件が決定された以上、其の範囲内に於ては使用者の指揮命令に従つて債務の本旨に適合する労務を提供すべき義務を負い、正当な争議行為に出ている場合の外は業務の遂行に協力する義務、従つてまた職場規律を守る義務、他の従業員の生産意慾を減退せしめ生産の低下を策する等使用者の業務の運営を阻害せざる義務、企業の信用体面を正当の理由なく傷つけない義務等を守らなければならないことは言う迄もない。

従つて労働者が是等の義務に違背する場合に於て、使用者が之を理由に解雇其他相当の処遇を以て臨み得ることもまた当然である。

而して右原告等八名の叙上の所為中

(一)会社の職制の承認を得ずして党細胞のアジビラを常に作業場内に持込み就業時間中に之を配布し、或は所定の場所以外を利用して会社施設内に於て之を掲示し又は貼布した点について。

労働者が自己の意思決定に基いて雇傭契約に入つた以上は、労働者は使用者が職場の秩序を維持し業務の運営を円滑ならしめる為に必要なる限度に於て課する種々の制限を受くべき事を当然の前提として雇傭契約を締結し且其の契約を継続していると見るべきであるから、使用者が職場内に於て労働者に対し業務運営上必要なる相当程度の制限を課する事は、それが法令によつて雇傭契約上の使用者の権利に加えられている制限に違反しない限り労働者の自ら受諾したところに依拠するものであつて雇傭契約上当然為し得べき事であるから之を以て不当なる自由の制限と為す事は出来ない。

而して言論及出版は固より自由であるけれども、労働者が自己の意思決定に基いて労働契約に入つた以上右の自由も亦同契約より生ずる従業員の義務として相当と認められる限度に於て制限を受くべき事は事理の当然であると言わねばならない(昭和二十六年四月四日最高裁大法廷判決によつても此の点は既に明瞭にされている)。而して被告会社は職場の秩序を維持する為就業規則及業務命令により職制の承諾なくして日常の携帯品以外の物を職場に持込む事を禁じ、アジビラ等を作業場内へ無断持込配布し、又は所定の場所以外に之を掲示若は貼付する事を禁じて来たのであつて、此の禁止は他に別段の事情のない限り職場規律の維持上従業員の義務に附随する範囲内であつて労働法規其他の法令に違反するものでもないから何等不当とは認められない。(大阪高裁昭和二十七年(ネ)第一五号事件判決参照)

尤も原告等が作業場内に無断持込んだ前認定のビラ其他の印刷物はすべて日共の機関紙八幡製鉄細胞のビラ又は八幡製鉄の職場細胞の機関紙と見らるべきものであるから是等のビラの持込、配布、貼付は党活動(八幡製鉄細胞と言う企業内に於ける政党の活動)と言うべきであるが、之が党活動であるからと言つて作業場内に於ても全然自由無制限なものではなく、従業員が作業場内に於て党活動を為すについてはやはり労働契約上の義務の相当な限度に従い制限を受けねばならない事に何等変りはない。

加之前認定の八幡製鉄細胞の戦術、その活動状況より見れば会社が職制の承認なくして此の種ビラを作業場へ持込配布する事、所定の場所以外に之を掲示する事を禁じたのは、職場秩序の維持上やむを得なかつたと認られるから、之に違反した原告等の所為は従業員としての義務に違背するものと言わねばならない。

(二)原告等が会社の特需に依る鉄鋼生産への拒否乃至非協力を示唆煽動し特需生産への作業意慾の減退を企図した点について。

戦争に反対し米軍に反対する旨の言説を為すのは固より各人の自由であつて何人も之を抑制し得ないのは自明のことであるけれども被告会社の生産する鉄鋼の一部分が朝鮮事変に使用され米軍の軍事力増大の一助となつているからと言つて被告会社の従業員たる原告等が他の従業員に対し現実に被告会社の主要業務たる鉄鋼生産に対する拒否乃至非協力を煽動し或は特需生産に対する作業意慾の減退延いて生産の低下を策する事は、従業員として会社に対する義務に違背するものである。従つて会社としては之を解雇理由の一つとする事は何等不法不当ではない。

(三)原告等が虚偽又は歪曲誇張の事実を以て会社及職制を誹謗した宣伝を反覆した点について。

此の事自体従業員としての義務に違反したものとして解雇理由たり得る。その上原告等は之によつて従業員の会社職制に対する不信反感敵対意識を激発せしめ従業員の作業意慾の減退延いては生産の低下を策したのであるから之を解雇理由の一とする事は何等不法不当ではない。(同趣旨、大阪高等裁判所昭和二十七年(ネ)第一五号事件判決、同裁判所昭和二十八年(う)第一七四九号、昭和二十九年二月二十日判決及同裁判所昭和二十八年十二月十八日判決)

(四)

(イ)  前認定の原告等の一部の者が出勤率の極めて悪かつたこと。

(ロ)  作業に熱意を欠き勤務成績不良であつたこと。

(ハ)  職制の上長の業務上の指示に従わず屡々之に反抗的態度を取り作業に非協力的であつたこと。

(ニ)  配置転換に反対したこと。

(ホ)  就業時間中屡々党活動の為職場を離れたこと。

(ヘ)  屡々職制の上長に対する圧迫的乃至つるし上げ的言動を為し或は之を煽動したこと。

等がその程度に応じそれぞれ或は相俟つて使用者との雇傭契約の本旨に反し従業員としての義務に違背するものとして解雇理由の一たり得ることは言う迄もない。

(五)又職制の許可を受けないで就業時間中持場を離れ組合支部青年部大会等に出席し作業に支障を来さしめたことも其の回数、時間、或は斯かる行為の頻発に対し会社側より組合側に警告を発し組合側も其の非を認めて遺憾の意を表したに拘らず其後も同様のことを繰り返している場合があることや、前認定の他の事実と相俟つて職場規律を無視し或は之を弛緩せしめた行為として解雇の一理由に数えることは不当ではない。(之は組合活動が理由になつているのではなく職場を放棄し職場規律を無視したことが理由になつているからである。)

(六)又課長掛長に対し種々の要求を提出し交渉することは其の交渉目的方法等が正常のものであつて業務運営上の阻害とならない限り何等差支えのないものであるが、前認定の如き行為は職場の規律を紊し業務運営の阻害となるものであつて目的及手段に於て限界を逸脱し正当なるものとは認め難いから他の事実と相俟つて之を解雇理由の一に加えることは不当ではない。

而して被告会社が右原告等の前示の所為を理由に之を解雇したのは業務の正常な運営を維持確保する必要上已むを得ざるに出でた処置であつたと認められ、就業規則第五十二条の「会社の事業上の都合に依るとき云々」の解雇基準に該当するから、会社が此の条項を適用して右原告等を解雇したのは何等不法不当の処置ではない。(又就業規則中の懲戒解雇の条項に依らないで之より軽き右第五十二条を適用することは何等差支えのないことである。)

原告等は「本件解雇は特定の思想を持つている人達或は特定の思想を持つているかも知れないと会社が想像した人達を解雇しようとしたのであるから憲法第十四条第一項、同第十九条、民法第九十条、労働基準法第三条に違反し無効である。」と主張するから此の点について判断する。

成程右原告等はいずれも団体等規正令により登録を為した日本共産党員たりし者であるが共産党員であるからと言つて従業員としての義務に違背する言動あつても解雇されない特権を有するものではないことは勿論である。

憲法第十四条第一項はすべて国民は法の下に平等であつて信条其他に依り政治的経済的又は社会的関係に於て差別されない旨を規定しているが、同条は国家と国民又は公共団体と国民との言わば縦の関係を規定したものであつて、互に私人である私企業の経営者と其の従業員との労働関係迄直接に規定したものでない事は言う迄もない。併し同条の精神は民法第九十条の公序良俗の観念を通じ私法関係を規律する重要な理念となつていると解せられるし、又労働基準法第三条の規定は憲法第十四条の理念を労働関係に於て具体化したものと言う事が出来る。

而して憲法第十四条は同第十九条と相俟つて単なる内心の思想信条に依る差別待遇を許さない事を規定し、労働基準法第三条も亦使用者は労働者の信条を理由として賃金労働時間其他労働条件について差別的取扱をしてはならない旨を規定しているから、単なる思想信条を理由として労働者に対し解雇其他差別待遇を為す事は勿論許さるべき事ではない。併しながら是等の法規は一定の思想信条が或目的達成の為外部に発表され、又は進んで行動に移された場合、且それが国家の保護するる社会の秩序、他人の権利自由を侵害し、或は之を侵害すべき現実の危険を生じた場合に於ても、一切無制限であり自由であり他人は其の権利又は自由の侵害を甘受しなければならない事を定めたものではない。此の事は是等法条の立法趣旨より見て当然であつて是等法条に内在する当然の制限として理解し得るのみならず、憲法第十二条第十三条と対照するも首肯し得られるところである。

而して労働者が自己の意思決定に基いて雇傭関係に這入つた以上、其の雇傭関係より生ずる職務に依つて言論出版其他一切の表現の自由に対し職務に相応した制限を受けねばならぬ事も亦当然である。(昭和二十六年四月四日最高裁判所大法廷の判決によるも此の点は明瞭に示されている。)即ち従業員は一般国民として或は労働組合員としての一面をも有すると共に他方労働契約に於ける従業員としての面をも併せ有するものであるから其の一面のみを強調して他の面を全く無視する事は条理の許さないところである。

従つて雇傭関係に於ける使用者は、其の雇傭する従業員の内心の思想信条の如何のみによつて之を解雇する等の不利益な処置を取る事は許されないが、或目的達成の為にする其の思想信条の表現又は是等に基く行動が使用者の権利を現実に侵害し、又は使用者に対する義務に現実に違背し、或は使用者の権利を現実に侵す危険若くは使用者に対する義務に現実に違反する危険が明白に存する場合は、たとえそれが一定の思想信条より発した言動であつたとしても、使用者が憲法の精神及社会生活上の通念に照らし客観的にも相当と認められる処置を講ずる事は何等憲法第十四条、同第十九条、労働基準法第三条、民法第九十条に違反する事もない。

然るに之を本件について観るに前示被告会社の右原告等に対する解雇通告は右原告等が従業員としての義務に違背し、使用者の権利を侵害する為に之を防衞する必要上為されたものであつて、単に原告等の思想信条自体を理由に解雇したものではないと認められるから原告等の右主張は失当である。

又原告等は、被告会社は原告等が組合運動を為した事を理由に之を解雇したと主張するけれども右原告等が組合活動をした為に会社の嫌忌するところとなりそれが解雇理由となつた事を確認するに足るべき証拠なきのみならず却つて本件解雇の理由となつた原告等の前認定の言動は労働組合とは別個の存在と目標を持つ日共八幡製鉄細胞の党活動として行われたものであり其の目的及態様に於て労組法上保護せらるる労働組合本来の目的及活動とは相距たるものであるから本件解雇を以て労組法上の保護を受くる組合活動を理由としたものとの主張は全く失当である。

以上説示の通り原告等全員の本訴請求原因はすべて失当であるから之を棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 中村平四郎 橋本清次、斎藤次郎)

(別表省略)

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